シエスタ(緑チームシリーズ三次創作)

※緑チームシリーズ(NANAさま作)のオリイカをお借りした三次創作です

※時期は原作(本編)のビック・フェス予選突破あたりを想定(妄想)しています

 

◇ ◇ ◇

 

ある夏の日の昼下がり、緑チームは部屋の中で涼んでいました。

「ガチ行くぜ!」

何の前兆も予兆もなく叫んだのはチームの囮役ローラーくんです。 彼は『目立つ事』を何よりも好んでいますが、 リビングに響き渡ったその声は、その願望を十二分に果たすものでした。

 

「ちょっと待てローラー!」

戸外に飛び出そうとするローラーくんの背に、チームリーダーの声が真っすぐに飛びます。

「なんだよメガネ!」

ローラーくんの足がピタリと止まりました。 彼は肩越しに、そのメガネェに向かって挑発的とも言える視線を向けました。

 

「何もこんな時間に出かける事はないだろう?」

スイーパーさんは、言葉の後ろに大きなため息をつけ加えました。 彼は基本的には誰に対しても優しい物腰なのですが、ローラーくんを相手にする時は少し遠慮がなくなります。

 

「スイーパーさんの言う通りよ」

チームメンバーの一人、ザップちゃんが階段の途中から顔をのぞかせました。

「熱中症になったらどうするの」

よく気が回る存在の彼女が、ルーム内の会話を聞き逃す事は実際稀(まれ)です。

「アンタも知ってるでしょ!?最近の昼間の温度、最高値ぐんぐん更新してるから、ちょ〜危ないってっ!」

舌もよく回る彼女はローラーくんに対しても、おはようからおやすみまでの間に口を挟まない日はまずありません。

 

「うるっせぇな!んなコトわかってるぜ!」

「それならなんでこんな時間に出ようとすんのよ!」

ザップちゃんは腰に手を当てて扉の前に立ちふさがります。

「んでもオレは行く時は行く!」

「んも〜ワケわかんない〜!」

戸口で口喧嘩が始まりました。これも日常茶飯事ではあります。

 

「ってもよ、ガチ日和だぜ!」

ローラーくんは扉をバンバンと叩きました。 彼は最近、自分の頭でナワバリバトルの勝ち筋を組み立てる事を覚え、 その新しい可能性を実践で試してみたいという意気込みでいっぱいになっています。 加えて緑チームは「ビツク・フェス」の予選を突破し、本戦参加が確定しています。 それらの確かな手ごたえが、彼の気持ちを駆り立てる要素になっているのは間違いありません。

 

「気持ちはわかるが、ローラー…」

スイーパーさんはそこで言い淀みました。チームメンバーの熱意を尊重したいのはやまやまです。けれど、

 

   途中で倒れでもしたらどうする?

 

その言葉を、彼は声音に乗せる前に飲み込みました。 ローラーくんは確かに無謀なところがありますが、自分の健康管理は十分にできる年齢のはずです。 そのはずですが、手放しで送り出せない気持ちが湧いてくるのもまた真実です。 信頼と心配が混じった気持ちを伝えるには、どうすれば良いでしょう。

 

彼が眉を寄せたその時、

「ローラーくん、おでかけ?」

これまでのメンバーの会話と比べて明らかにゆるやかな調子の声が響きました。 チームの最年少のワカバちゃんが、階段とリビングの間にちょこんと立っていました。 彼女は実際の年齢より時に幼く見える、無邪気な丸い目が印象的なのですが、 そのくりくりとした瞳の中に戸惑いが混じっています。

 

「ごめんね。あと一時間くらいしないとプリン固まらなくて…」

どこかふんわりとした声がその場の空気を包んでいきます。

「プリン!?」

ローラーくんの口元が緩みました。プリンもさる事ながら、常日頃から可愛がっている後輩の言葉も無下にはできません。

「うん。卵がたくさんあったから」

「ワカバちゃんのプリンか!おっしゃ!それ食ってっからガチ行くぜ〜!」

彼は奇声に似た歓声を上げるとリビングのソファにドカリと陣取り、携帯ゲーム機を取り出してカチャカチャやり始めました。 ザップちゃんは、ふ〜んという感じにそれをチラ見すると鼻歌まじりに洗面室の奥に姿を消しました。

 

スイーパーさんは、場が落ち着いた事に密かに息をつきました。 彼は廊下のほうに静かに歩を進めると、

「ワカバちゃん、ありがとう」

ワカバちゃんの頭を包んでいるニット帽に軽くポンポンと片手を触れました。

 

「ふあっ!?」

ワカバちゃんは、自分がなぜ褒められたのかわかりませんでした。 彼女としては、ローラーくんが今日のおやつをどうするのか気になって、それを訊ねてみただけなのです。 けれど、場の空気がなごんだのはその無意識の状況判断のおかげなのでした。 ナワバリバトルでも、彼女の自然な塗り行動の結果が、自陣の地の利に結び付く事は稀(まれ)ではありません。

 

スイーパーさんはワカバちゃんのそういう一面をとても好ましいと感じていました。 また彼女が本来持つ健気さや一途さ、ほわほわした見かけを良い意味で裏切る芯の強さに魅かれて止みませんでした。

「ワカバちゃん」

スイーパーさんは、ニット帽の上で揺れているふわふわのボンボンを優しくなで、 目を丸くしたまま見上げてくる視線にニッコリと笑みを返しました。 相手の行動はある程度予想できますが、いつも予想以上の愛しさが心の中に湧き出でます。

 

「スイーパーさん…」

ワカバちゃんは、胸の高鳴りの熱さに思わず目を閉じました。 緑チームのメンバーとしてリーダーに褒められている喜びと、恋人に触れられている甘いくすぐったさがそこにはありました。 彼女は両手に干したばかりのシーツを抱えていましたが、もし両手が空いていたとしても じっとされるがままの状態を受け入れていた事でしょう。

 

目を閉じていても彼女は、スイーパーさんの姿を瞼(まぶた)の裏に感じていました。 真っ白いシャツと姿勢正しい立ち姿には、思わずこちらの背筋が伸びるような清々しさがありました。 物事に対して真摯であるが故の厳しさも、至らない部分を咎め(とがめ)立てせずに解決する方法を一緒に考えてくれる優しさも、 そのどちらもワカバちゃんは大好きなのです。

 

素敵な人に出会えた事、大好きという気持ちが湧いて来る事、そして相手も自分に思いを寄せてくれている事、 それらを心の言葉にするたびに、ワカバちゃんの胸の温度は幸せでドキドキと高まるのでした。

 

チームに入ったその日から、スイーパーさんはワカバちゃんをとても大事にしてくれましたが、 恋人になってもそれは変わりません。

 

   でも スイーパーさんになら もっとダイタンにされても…

 

そんな乙女の妄想をついつい頭の中に浮かべてしまった彼女は、

「ふあぁぁぁ〜!」

慌てて熱を帯びた頬に手をやりました。

 

「おっと!」

スイーパーさんは、ワカバちゃんが抱えているシーツが床に着く前に、それを横から引き取りました。

「ワカバちゃんはシエスタ?」

朝早くから干していたシーツはすっかり乾き、ほのかに太陽の香りがしています。

 

「スイーパーさん、シエスタってなんですか?」

ワカバちゃんの両目がパチパチと鳴りました。首を少し傾けてじっと答えを待っています。 彼女のこういう仕草はいつも、スイーパーさんの目には小動物のように愛らしいものに映ります。

「これはね、古代史に出てくる言葉なんだ」

自分の口元が緩むのを感じながら、彼は説明を始めました。

 

「最近、古代人の習慣効果が見直されているらしい。全部その類の本に書いてあった事だけど」

前置きに少し微笑むと、話し相手の首がこくこくと縦に動きました。 解説は元々彼の得意とする分野ですが、こういう素直な反応があると俄然やる気が沸いてきます。

 

スイーパーさんは、眉間の眼鏡を中指でツ…とまっすぐに上げました。

「シエスタという言葉は元々は正午辺りの時間帯を指していたそうだよ。 それが転じてもっと幅広い意味、具体的には『昼間の強い日差しを避けて室内で休みを取る習慣』 として古代人のある種族の間で定着した。その場合はセスタとも呼ばれていて…」

 

「なんだよ!よ〜するに昼寝の事か!」

ローラーくんの大声が、スイーパーさんの言葉の途中に飛び込んできました。

「お前には言ってない」

スイーパーさんは思わずむっとしてそちらに振り向きます。

 

「シエスタ!セスタ!なにそれマジカッコイイ!」

スイーパーさんとワカバちゃんのすぐ側で歓声が上がりました。ザップちゃんもしっかり二人の会話を聞いていたのです。 シエスタという言葉の意味より、その音の響きが彼女の心の琴線に触れたようです。

 

「ローラーくんほら立って!その机、はしっこに寄せて!」

彼女はリビングに陣取っているローラーくんに駆け寄るなり、あちらこちらを指差し始めました。

「うぉ!いきなり何だよ!?」

「いいから!アタシの言う通りにして!」

緑チームのリビングはたちまち騒然となりました。 展開について行く事ができず、並んで立ったままのスイーパーさんとワカバちゃんを他所に、何かが執り行われている様子です。

 

数分後、ザップちゃんがリビングの中心でくるりと回りました。

「じゃ〜ん!」

嬉々として両手を広げる彼女の後ろで、ローラーくんがぐったりと地に両手を付けています。 リビングの調度品はすべて壁際に追いやられ、代わりにマットが一面に敷かれていました。 瑠璃(るり)・榛(はしばみ)・檸檬(れもん)・柘榴(ざくろ)の4枚の色違いのタオルケットがその上に鎮座しています。

 

「ワカバちゃん!ワカバちゃん!」

ザップちゃんはマットの真ん中に座ると、大きな手招きを繰り返しました。

「うわあ〜!」

ワカバちゃんは、ぱぁと顔を輝かせてそちらにトト…と駆け寄り、ザップちゃんのすぐ横にポフンと飛び乗ります。

「なんだか、キャンプしてるみたい!」

「でしょでしょ!ウキウキするよね!」

「ザップちゃん見て〜!天井、すっごく高いよ〜!」

リビングにガールのキャッキャッという声が弾みます。

 

「ほらローラーくんも!」

ザップちゃんは突然半身を起こして、側にいたローラーくんの服の裾を捕まえました。

「何すんだてめえ!」

「いいからここ!」

「オレに指図すんな!」

ローラーくんは、叫び言葉とは裏腹に、ザップちゃんのすぐ横にスライディングして並びました。

 

「ほらスイーパーさんも!」

静かに立ち去ろうとしたスイーパーさんの背を、ザップちゃんの声が追います。

「ザップさん、ぼ…僕もですか?」

「スイーパーさんがシエスタ言い始めたんだからね!いいからここ!」

腰が引けている彼に向ってザップちゃんが指差したのはワカバちゃんの隣、一番左端の位置です。

「ふぁぁぁ〜!?」

ワカバちゃんの顔が耳まで真っ赤になりました。

 

スイーパーさんは迷いました。彼には昼寝の習慣はありません。リビングのソファでうとうとする事も稀(まれ)です。

 

   どうしたものだろうか

 

その時、彼の意識の中に、目の前の光景が射し込んできました。 半身を起こしている緑チームのメンバーたち。その視線のすべてがこちらに向いています。 その様子は、このチームメンバーがそろったばかりの頃、 そう『司令塔(指揮官)たる彼が居なければこのチームは崩壊してしまうだろう』と呼ばれていたあの頃に似ていました。

 

   久しぶりだな この感じは

 

緑チームリーダーは独りごちました。 ただひたすら彼の言動を待っている様子を懐かしく感じるほど、メンバーは著しい成長を遂げていました。 彼は『指導者』としての自分の役割が、ある基準まで達した事を改めて意識しました。

 

   そうだ こういう風に この三人と向かい合う機会も

 

途切れた語尾は、彼が心に秘めている『あるひとつの決断』に繋がっていました。 それをこの三人に告げる日も、そう遠くない未来のはずです。

 

スイーパーさんは心持ち姿勢を正してマットの方に近寄りました。迎える三人の瞳にさぁっと喜びの色が満ちます。

「ここでいいのかな?」

彼は、ワカバちゃんの隣に片膝立ちして問いかけました。 すると、ローラーくんはニタリと笑い、ザップちゃんはウインクを投げ、ワカバちゃんは真っ赤になってうなずきました。

 

◇ ◇ ◇

 

スイーパーさんはメンバーたちにうながされるまま、仰向けになりました。 さきほどのワカバちゃんの言葉通り、天井が普段より遠い(高い)位置にあります。 机や椅子の脚が木立のように床から伸びています。まるで小人になったような不思議な気分です。

 

「うぉい!もっとつめろよ。俺のマットがねぇ!」

ローラーくんの大声が、スイーパーさんの思考の上を遠慮なしに横切ります。

「ムリ〜。これ以上つめらんない」

「半分しか乗ってねぇぞ!」

「ローラーくんなら平気でしょ?」

「つめろって!」

 

マットの中央に緑チームの女子二人が寄り添い、それを男子二人が両端から挟む。 一番落ち着く並び方ではありますが、実際に当人が落ち着くかどうかはそれとは別の話です。 並んで大の字で寝ころぶなんて何時ぶりでしょうか?幼体(幼稚園)のお昼寝以来かもしれません。 空気の中に、どこか抑えきれないウキウキした空気が漂っています。

 

「寝てる!ローラーくん、マジでもう寝ちゃってる〜」

「うわぁ〜早いね」

「あっ!ワカバちゃん、お腹のタオルケット取っちゃダメだよ。冷えちゃうからね」

「うん、ザップちゃん」

 

普段より小さめの女子二人の交わし声。 カーテンを閉めきった室内は、うす暗いような明るいような不思議な色に塗られています。 壁の向こうのどこかでバイクのエンジン音が鳴り、そしてそれが次第に遠ざかって行きました。 ここは湖の底のように静かですが、外の世界は刻々と動いているようです。 掛け時計が時を刻む規則正しいカチコチ音が、床にしんしんと降りています。 女子のささやき声は、いつしか寝息に変わりました。 こうして緑チームは眠りにつきました。ただ一人を除いて。

 

 

スイーパーさんは薄闇を見つめながらこれまでの事を思い返していました。 『緑チーム』この言葉は彼が過ごして来た時間の中で大きな割合を占めていました。 初代緑チーム軍。オクタリアンを倒す為の『味方』としてチームに迎えられた『新入り』時代。 チームの解散と師団長としての独り立ち。『掃除屋』の二つ名で呼ばれたタッグ時代。 ランク5のメンバー2名の加入と1名の離脱。そして自ら志願して来たビギナー1名の加入。 思えば同じ『緑チーム』の名を冠していても、メンバー構成は常に入れ替わり立ち替わりがありました。 これまでも、そしてこれからも。

 

その時、スイーパーさんの心にふっと触れたのは、 宙に浮いているシャボン玉を掴もうとしてそれが消えてしまった時のような 『わかっている。けれど』という物悲しさでした。

 

知に富んだ彼の意識は、昔読んだ本の文面をなぞりました。

 

   『今』を受け止めるのは 難しい

 

それは『時間の概念』についての論文の一節でした。 時を『過去』『現在』『未来』の三つに分けた時、今つまり『現在』は『未来』からやってきて瞬時に『過去』になる。 故に、時(クロノス)が針を刻む限り、過ぎ去った時間を再び完全に掴む事はできない。

 

スイーパーさんは上半身を起こして、チームメンバーの様子を見つめました。

 

ローラーくんはマットから完全に床に落ちていました。 それでも平気で眠っている姿に苦笑しながらも、少しもじっとしていないその寝姿を視線で追います。

 

これまでローラーくんの煽りやからかいの混じった言動に悩まされなかった、と言えば嘘になります。 けれどどこかにチームリーダーへの信頼が息づいているのは確かでした。そうそれこそ自ら考える事を放棄するほどに。 それももう今は心配いりません。ローラーくんは彼にしかできない『最強の囮』の生きざまを自ら掴もうとしています。

 

ザップちゃんはやや仰向けの寝姿。その顔は完全にワカバちゃんの方へ向いていました。 この二人は、いつも姉妹のように仲良しなのです。

 

彼女は、チームを常に下から支えてくれる存在でした。 ワカバちゃんへの助言、ローラーくんへの叱咤、スイーパーさんへの提案。 口から流れ出るそれらは小言とは似て非なるもの、 そうそこには常に『良い方向に向かうように』という思いやりがありました。意外と好戦的で、当初は前線に突入してはデスして(元気に)戻って来る事もしばしでしたが、 立ち回りに磨きをかけた今では、それも少なくなりました。 対人に対しての理解力、状況に対しての機転、それらのセンスがこれからも彼女の力になる事でしょう。

 

ワカバちゃんは少し体を丸めた姿勢で、タオルケットを両手でギュウと抱いていました。 額に指先でそっと触れると、タオルケットに半ば埋もれていた寝顔が現れました。 スウスウ穏やかな息が、柔らかな曲線を描く小さな口から漏れ聞こえます。 まだ眠りが浅いのか、時折り大きなまぶたがピクリと動いてまつげを揺らします。 その様子は、思わず顔を緩ませずにはいられない愛らしさです。

 

彼女はどちらかというと受け身な性格ですが、それでも勇気を出す『時』を知っていました。 そうして自分の意思で、それがほんの少しだったとしてもめげずに前に足を踏み出して来たのです。 思えば、スイーパーさんとワカバちゃんが最初に出会ったあの日、別れ際に手を握って引き留めたのも彼女の震える手でした。 あの一瞬がなければ、こういう風に二人が寄り添う事もなかったかもしれません。

 

スイーパーさんはこの小さな体を抱きしめたいという衝動に駆られました。 けれどしかし即座にそれを理性で抑え込みます。 もし、抱き枕よろしくワカバちゃんを腕の中に閉じ込めている姿を見られたら、 ローラーくんには未来永劫末代までからかわれ、ザップちゃんには訳知り顔でニンマリされる事でしょう。 そして何より、ワカバちゃんをたいへんに驚かせる事になってしまいます。

 

抱きしめる代わりという訳ではありませんが、スイーパーさんは彼女の寝顔のごく近くまで顔を寄せました。 ふわふわのタオルに包まれているような温かい感覚がそこにはありました。 彼はふと、ワカバちゃんが纏っているこの雰囲気を不思議に思いました。 彼女に対して抱いている『特別な感情』それだけでは説明しきれない何かがそこにあるような気がしたのです。

 

けれどスイーパーさんは、強いてその正体を探り出そうとはしませんでした。 焦らずとも『わかる時』がきっとやって来る。今の彼はそう信じる事ができました。 これまで緑チームリーダーとしてメンバーを導いて来ましたが、その間、彼自身も変化を遂げていました。

 

「5秒だけあげます」

ワカバちゃんとナワバリバトルで対峙した時、スイーパーさんは怯える彼女にそう告げました。 元々それは『バレル軍曹』がオクタリアンに対して発した言葉なのです。 その言葉の真意を『新入り』時代のスイーパーさんは掴む事ができませんでした。 『強力な軍隊を作ってオクタリアンを一匹残らず射掃する』 彼の決意は、軍曹の内なる望みとは対極に位置するものでした。

 

長い長い時を経て、暗いトンネルを抜けた瞬間のように差し込んだバレル軍曹の真意。 それは慈愛にも似た許しの言葉。決して冷酷ではなかったオクタリアンへの感情。 そう、彼女は必ずしも「せん滅」を望んではいなかったのです。 指導者としての彼女の強さ、そして迷いと弱さ。今、スイーパーさんはそれらをごく身近に感じる事ができました。

 

過去に捕らわれ未来に彷徨う。心の中に敷かれてた呪いにも似た一本の道。 そんな彼を別の道筋へと手招きしてくれた緑チームのメンバーたち、 そしてナワバリバトルを通じて拘わった沢山の仲間たち。 彼らと過ごした沢山の『時』があったからこそ、 彼は今のこの場所この時間にたどり着く事ができたのです。

 

「スイーパーさん…」

名を呼ぶ声にドキリとして、スイーパーさんは思想の世界からそちらに視線を移しました。 ワカバちゃんの瞳は変わらず閉じられたままでした。どうやら寝言だったようです。 小さな唇の両端が上がっています。きっと良い夢の中にいるのでしょう。

 

見守るうち、花の蕾のような手がマットの上を何かを探るようにモゾモゾと動き出しました。 そしてそれはスイーパーさんの白シャツのはしをキュッと握って止まりました。

 

スイーパーさんは、何かを考えるより先にそちらに両腕を伸ばしていました。 ワカバちゃんの体の下に片手を潜らせ、そしてもう片方を背中にまわします。 ゆっくり引き寄せて抱きしめると、温かくて柔らかいものが腕の中にすっぽりと収まりました。 彼は、自分の意識がストンとひとつの場所に落ち着くのを感じました。

 

ワカバちゃんの雰囲気が優しいのは『交わした言葉』『触れた経験』 それらの時間を、自分の中に大切に大切に抱き続けているからかもしれません。

 

   そうか この暖かさが

     きっと『今』なんだろう

 

『流れる時』の中で、物事は変化していきます。 この瞬間もそれぞれの存在も、いつかは海という名の無に還ります。 けれど振り返ればそこには、たくさんの時間があります。 それらが記憶から過ぎ去ったとしても『その時』がそこにあったのはかけがえのない事実なのです。

 

いつしか、スイーパーさんの青い瞳は瞼(まぶた)の下に隠れていました。 静寂の中、時計の針の音だけがカチカチと時を進めます。 こうして『緑チーム』のリビングに、眠りの帳が下ろされました。 目覚めた彼らは『ラスト・フェス』へ挑む事になるのですが、そのはまた別のお話です。

 

◆◆ END ◆◆

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09:08 | イカ尽くし | comments(0) | - | author : LAND
【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-6(完)

※緑チームシリーズ(NANAさま作)のオリイカをお借りした三次創作&本編とは世界設定が異なるパロディです
※コンセプトや注意書きはPart-1冒頭に記載しております。どうぞそちらをご参照ください
※今回、約一名緑チームシリーズに登場しないイカ(人物)が紛れておりますが、あくまでもストーリーの進行上の為の存在ですので、どうぞご容赦ください〜!(一応オリイカになる?)

※騎士×姫のお話しはこれにて完結です。ここまで読んで下さって本当にありがとうございました〜!

 

◆Part-6『ワカバ姫の居場所』Last Chapter


その時です。
「これはこれは、ワカバ姫ではありませぬか!」
耳に覚えのない、しわがれた叫び声が空気を震わせました。

 

テラスの下に年取った男がひょろりと立っています。この男、果たしてみなさんのご記憶にあるでしょうか?彼はこのお話(第一章)の冒頭に登場したキラキラ王国の大臣(モブ)です。
「オラオラ〜!スカシ野郎にお迎えが来たぜ〜!」
大臣(モブ)のすぐ横でC+騎士(ローラーくん)が王子(氏)に向かって大きく手を振っています。さきほどのS+騎士からの彼への指示は、大臣(モブ)をこの場に連れて来る事だったのです。

 

「ミスリル王子(氏)そしてワカバ姫!さあ今すぐキラキラ王国にお戻りを!」
大臣(モブ)は、その枯れた見かけからは想像できない程の速度で近寄って来ました。
「わ…私は…」
ワカバ姫は一度だけ目を伏せましたが、次には顔をまっすぐに上げました。
「それは…できません!」
「何を申されますワカバ姫!?キラキラ王国の民は貴女を必要としておりますぞ!」
大臣(モブ)は両手に拳を握って近寄る速度を上げました。けれど勢い余ってそのまま地面に片手を付きます。

 

「大臣さん、ごめんなさい」
ワカバ姫は、大臣(モブ)にゆっくりと歩み寄り彼のすぐ側に座りました。ふわふわのドレスが花が咲いたようにふうわりと丸く広がります。
「結婚の申し出を受けた時、とても迷いました。二つの国の関係と自分の役目を考えて…。騎士国とキラキラ王国。そこに住んでいるみなさんの幸せ、それを望む大臣さんの気持ちはよくわかりますし、私も幸せをたくさんお祈りしたいです!」

「そ…それならば…!」
声を張り上げる大臣(モブ)に、ワカバ姫は首を横にふってみせました。
「でもその方法は、私の中では王子さま(氏)との結婚じゃないんです。心が素直に望む事。その中で、この騎士国とキラキラ王国の幸せを結ぶ方法を探したいんです!それが私の…騎士国の姫としての役目なんだと思います!」

 

辺りに不思議な静寂が流れました。それは、長い冬の後にふっと春の日差しを感じた時の感覚によく似ていました。ワカバ姫は静かに立ち上がりました。一見するとそれは彼女が王城に居た時と変わらない佇まいに見えましたが、その実、その優しさの性質にある変化が表れていました。何かに脅えるような弱弱しい気配が消え、代わりに青く広い海に身をまかせている小舟のような、そんな穏やかさに全身が満ちています。

「おお…!なんとお優しい…」
大臣(モブ)は地面に両手を伏して震えました。
「この優しさ麗しさ…や…やはりやはりっ、キラキラ王国に欲しいッ!ワカバ姫!」

 

「ふぁぁぁ〜!?」
大臣(モブ)の目がギラギラと輝きだしたのを見て、ワカバ姫は慌てて後ろに下がります。
「ワカバ姫!…うごっ!?」
大臣(モブ)の差し出した両手は、何かに物理的に阻まれて止まりました。聖剣ジェットスイーパーの魔力により具現化した聖なる盾「スプラッシュシールド」です。

「お下がりください」
そこには、S+騎士(スイーパーさん)が、ワカバ姫をその背に庇うように立っていました。
「き…きさまっ!」
大臣(モブ)は金切声を上げます。
「S+騎士!こ…この…姫をさらった大罪人めがっ!」

 

「それより大臣(モブ)!」
その時、ミスリル王子(氏)がテラスの手すりをヒラリと飛び越え、相手の近くに着地しました。
「あの素人丸出しの書状を騎士国に送ったのは、キミだね!?」
「書状とは?」
「キラキラ王国からワカバ姫への結婚の申し込みさ!」
「も…もちろん、ワシのこの手で!」
大臣(モブ)は心持ち背骨を伸ばして王子(氏)に強い視線を返します。対してミスリル王子(氏)はふんと鼻を鳴らしました。
「それならたった今、このボクの手で取り消した!」
「な…なんとぉ!?」
王子(氏)の言葉に、大臣(モブ)は両手をワナワナと震わせます。
「な…なんという事を!ワカバ姫はこれからのキラキラ王国に必要な存在…」
「だからと言って、あんな書状をボクは許す事はできない。ボクの美しさを称えていない、そしてガールの愛らしさ麗しさが一言も書かれていない文章などはね!」
ミスリル王子(氏)は、大臣(モブ)に向かって真っすぐに指を突き出しました。

 

 

大臣(モブ)はブルブルと全身を震わせていましたが、首を激しく横に振りました。
「されど…これで諦める訳には…!わ…ワカバ姫をなんとしても、なんとしてもキラキラ王国の王妃に!」

「大臣(モブ)…」
S+騎士(スイーパーさん)は眼鏡を中指で押し上げました。硝子の奥の瞳が大臣(モブ)をまっすぐに見据えます。
「あれが隣国からの勅書ならば、私のような身分の者が横から口を挟む術はない。だが今、一言申し上げよう…」
「な…なんじゃと!?」
大臣(モブ)は、向かってくる相手とは反対の方向ににじり下がります。

「ワカバ姫は貴殿が記した書状通り誠実で真面目、また料理や手芸に秀でておられる。だが、国や民そして財を統治統括するにはまだ幼い…」
「そ…それは、これからご教育差し上げれば……」
「はたして、御国にそんな悠長な時間が残されておいでか?」
S+騎士の口の端に、不思議な笑みが浮かびました。


「う…し…しかし王子がアレゆえ、それはいたしかたのないこと…」
大臣(モブ)は更に後ろに下がります。その足がガクガクと震えているのは年齢の為だけではありません。S+騎士は見下ろすような視線を投げました。感情を抑えた声が静かに空気を震わせます。
「国の柱が動かぬのなら、適材適所に臣下を配置するよう働きかけるだけの事。それこそ側で守り補佐する者の役目では?大臣、貴殿は自らの国の行く末を、どうお考えか…?」

「う…うぐぐぐ…」
S+騎士の口上に完全に論破された大臣(モブ)は、歯ぎしりしてうなりました。
「おのれ!ただの騎士の分際でっ!まだじゃ…まだ我がキラキラ王国には傭兵軍がおるのじゃ!」

 

「それなら既に手を打ったぞ!」
ひとつの影が庭の茂みを飛び超えてすくと降り立ちました。見かけに反して素早い動きのその人は、騎士国の参謀(シャープくん)です。
「すべて完了した」
参謀(シャープくん)は、S+騎士(スイーパーさん)に素早く目配せしました。
それは、S+騎士が事前に打った策※が十分な成果を上げた事を表すに足るものでした。※2章後半を参照

 

「て…手を打った!?嘘じゃ戯言じゃ!ありえぬ!」
大臣(モブ)はネズミのような高いかすれ声を喉の奥から絞り出しました。
「傭兵軍には十分すぎる報酬を約束しておるっ!それに鎧や兜も金と宝石でキラキラに飾らせておるっ!(貸出品)」
「ふむ…それは確かに。だが…メシマズだっ!」
「うぎゃあぁぁ〜!」
大臣(モブ)は思わず頭を抱えました。残念ながらキラキラと華美な装飾品では、不味いご飯を我慢する事はできません。参謀(シャープくん)は、懐からクッキーを取り出してそれを口に含みながら続けます。
「騎士国側は契約条項に『ワカバ姫プロデュースほかほかご飯三食+オヤツつき※』を明記した!その効果はこちらが驚くほどだったぞ。傭兵たちは今や我が騎士国王の命を待つばかりだ!」

 

   ※お城の弓兵隊長(リッちゃん)より一言
   「ワカバ姫はあくまでもイメージキャラやけどな〜。ワカバ姫のレシピ使うとるけど、

   姫が直接ご飯作ってくれるワケやないで〜。
   けどな、お城の台所のオバちゃんたちが心こめて作るご飯はごっつう美味いで〜!」

 

 

「ま…まだじゃ。このモブ=コレッキリ=ポッキリング(本名)…まだ終わらん…」
大臣(モブ)は全身をブルブルと震わせます。
「そろそろ諦めたまえ…」
ミスリル王子(氏)が半ば呆れながら声をかけましたが、その言葉は大臣(モブ)の耳には届きません。
「カサカサ王子と結婚させれば、ワカバ姫をもっと近くでしかも毎日見られる…うぐぐ…それなのに…。おのれおのれっ!ワシの『毎日ワカバたん生活』の夢を壊しおってぇぇぇ〜!」

「なにその健康食品!?」
「結局、自分の欲望だけかよっ!」
侍女(ザップちゃん)とC+騎士(ローラーくん)が、思わずツッコミを入れました。

 

大臣(モブ)の異様な雰囲気と対峙しながら、S+騎士(スイーパーさん)は聖剣ジェットスイーパーの柄に手をかけました。
「姫…どうぞ奥に…」
そしてワカバ姫にそっと囁きます。
「は…はい…」
姫はすぐさまその場から走り去り、そして屋敷の中に身を隠しました。窓から外をそっと覗き見ます。その様子はちょうどあの日のよう、そう城の窓から騎士たちの訓練を見つめていたあの時のようでした。

 

「うぉぉぉ〜!」
大臣(モブ)は懐から何かを取り出して地面に投げつけました。爆音と同時にそこに大きな影が現れます。
「見よ!キラキラ王国の宝石モンスターを!瞳はタイガーアイ、右手はアクアマリン、左手はエメラルド、口はルビー、体はダイモナイト、右足はジルコン、左足はインペリアルトパーズ、右の角はペリドット、左の角はデマントイド(ガーネット)、そして額のダイヤモンド!特殊能力!多種パワー!そしてとてもとても高価!(お値段そのまま)まさに無敵!基盤となる魔宝石を破壊されなければ…」

 

大臣(モブ)の台詞の途中でしたが、S+騎士は大きな影に対して間合いを一気に詰めました。(人速アップアプデ乙)聖剣ジェットスイーパーの刀身が煌めきます。その軌跡はモンスターの動きに合わせて10回。(鬼エイム)金属音の後、その場に残ったのは爆発四散したモンスターの残骸だけでした。
「…ってはやっ!むしろ紹介文のほうが長っ!」
大臣(モブ)は、慌てるあまり内部事情暴露気味な事を叫んでいます。

 

「騎士さまっ!」

ワカバ姫は窓辺で外の様子をハラハラしながら見つめていましたが、事が終わったのを察すると同時に屋敷から飛び出し、S+騎士に一直線に駆け寄りました。両手を相手に向かって差し出します。
「ワカバ姫…」
S+騎士(スイーパーさん)は迷う事なく、その小さく柔らかい指を自分の両手で包み込みました。
「これでもう、何の問題もありません」
彼は、ワカバ姫の目の中に輝く光を見つめながら優しく笑いかけました。
「はい…」
姫は、瞳の端に涙を浮かべながらじっと見つめ返していましたが、やがてその顔は花が咲くような微笑みに彩られました。
「はい、スイーパーさん!」

 

「ワカバ姫!S+騎士さま!やったね〜っ!」
二人の様子から色々な事情を察した侍女(ザップちゃん)は、両手をバンザイの形に上げて飛び跳ねました。

 

 

「大臣(モブ)!」
ミスリル王子(氏)は地面に伏した大臣(モブ)に詰め寄ります。
「ボクはまさかここまでキミが素人だとは思わなかったよ。キミは先代からキラキラ王国に仕えてくれたが…」

C+騎士(ローラーくん)が横から口を挟みます。
「もうコイツ辞めさせて、美人ガールの大臣にしろよ」
「おおっ!それはグッドアイディア!」

 

王子(氏)が嬉々として叫んだのを見て、大臣(モブ)は震え上がりました。
「お…お待ちくだされ…ど…どうかこれを…」
ブルブルと震える手で彼は懐から何やら取り出しました。それはキラキラと豪華な装丁の分厚い冊子でした。
「なんだね?……む…こ…これは!?」
その中身を一目見て、ミスリル王子(氏)の顔色がさっと変わりました。

「52ページをご覧ください」
「う…これは…麗しい…」
「ヒッセン王国のパブロ姫にございます。そのお姿だけではなく知力も秀でているとか」
「まさに女神の舞い!このボクのステップでキミの心をダンシング!」
「138ページをご覧ください」
「こ…このガールは?」
「ガロン大国の姫ぎみは、そのお名前とお顔を常に秘されておりますが、別冊にてその愛らしい素顔も…」
「はずかしやり屋さんめ!このボクの美しさでキミの心をオープンハート!」

「王子(氏)!これぞ、我がキラキラ王国の財力知力権力の粋を尽くした逸品『ガールズ名鑑!』にございます!」
「トレビア〜ン!」
「しかも…これはまだ、そのほんの一部…」
「それは…本当かい?」
「は…」

 

王子(氏)は『ガールズ名鑑』を懐に仕舞い込み、すくと立ち上がりました。そしてワカバ姫と侍女(ザップちゃん)にキラキラと輝く笑顔を向けます。
「フェアリーそしてエンジェル!ボクは急用を思い出してしまった。名残惜しいがこれでひとまずお別れだ!」

「あ…ありがとうございました。色々と…」
ワカバ姫は、ミスリル王子(氏)に向かってペコリと頭を下げました。そのすぐ隣でS+騎士(スイーパーさん)が静かに別れの姿勢(騎士の正式な型)を取っています。参謀(シャープくん)は、お茶(お菓子)の為に既に室内に姿を消していました。
「オウ、もう二度と来んなよ〜!」
C+騎士(ローラーくん)は、その身分立場にあるまじき態度で見送ります。

 

「この美しいボクが去った後、キミたちが流す涙で湖ができるだろう。その水が乾ききるその前に、ボクはきっと戻ってくるよ!」
「ナイナイ、それは絶対ナイから…」
侍女(ザップちゃん)は、うんざりした顔で手を横に振ります。
「オ・ルヴォワール(また会おう)!」

こうして、キラキラ王国のミスリル王子(氏)は、大臣(モブ)を連れて国に戻って行きました。その後、彼は生涯の伴侶(マイディスティニー)たる女性を見つけたとか見つけなかったとか。ともかくとても幸せになったようです。



〜エピローグ(epilogue)〜


今回の駆け落ち騒ぎについて、騎士国(王さまと王妃さま)からS+騎士(スイーパーさん)へ「S+騎士領内にて謹慎一か月」の沙汰が下りました。彼はその謹慎(という名の休暇)期間中、領内で至極穏やかな日々を過ごしました。ワカバ姫はどうしたのでしょうか?彼女は王城に戻ったのでしょうか?いいえ彼女はその間ずっとS+騎士領内に滞在していました。

 

ワカバ姫とS+騎士(スイーパーさん)はその期間中、領内の林をそぞろ歩いたり、森でブルーベリーを摘んだり(それで姫がお菓子を作ってみたり)小川の流れに新しい名前をつけてみたり、乗馬をしたり、また雨の日は図書室で一緒に本を読んだりして過ごしました。そうこうしているうちに時はあっという間に過ぎ去り、謹慎が解ける日になりました。

 

まだ夜も明けきらぬ時刻、S+騎士(スイーパーさん)とワカバ姫は領主館(居城)の門からそっと外へ忍び出ました。それはちょうど一か月前、王城を二人でそっと抜け出したあの時に似ていました。けれど今回は見送る侍女(ザップちゃん)とC+騎士(ローラーくん)の顔に満面の笑みが浮かんでいます。
「ワカバ姫!行ってらっしゃい!」
「メガネェ!ちゃんと連れてけよ!」

ワカバ姫は騎士の愛馬の前側に、S+騎士はその後ろに乗りました。二人で一頭の馬に乗るのもあの時と同じです。騎士の愛馬はゆっくりゆっくりとした歩調で、街道を進み始めました。


ほどなくして二人は領主館(居城)の裏にある小高い山の頂きにたどり着きました。S+騎士領の北側には、気高い美しさで知られる白い峰が連なり、南側には森と林と畑が広がっています。この土地は領民から『足りない物は海だけ』※と呼ばれています。(※転じて陸の物はとても豊かな土地である)そしてそれとは別に、風が香るこの季節だけの特別な呼び名がありました。

 

「ワカバちゃん」
S+騎士、いえスイーパーさんが囁きました。
「はい、スイーパーさん」
ワカバ姫、いえワカバちゃんがコックリとうなずきました。

いつしか二人は、二人きりの時は姫と騎士という呼び方ではなく、名前で呼び合うようになっておりました。スイーパーさん(S+騎士)は、ワカバちゃん(ワカバ姫)の両脇を抱えて、愛馬からそっと地面に下ろします。
「ここから、あと少しだけ登るよ」
「は…はいっ!」
そのゆるやかな細道は、木の枝と茂みに隠れていました。ワカバちゃん(ワカバ姫)は、スイーパーさん(S+騎士)に片手を引かれるまま、その道をゆっくりと登って行きました。そして登りきったその先で、突然、視界が開けました。

 

「わあ…」
眼下には、緑色に塗られた世界が広がっていました。すべての木々や葉が、いっせいに新しい色に目覚め芽吹き輝く時期の色、露を帯びたような鮮やかな緑色です。

「すごい、なんてきれいな…緑色!」
ワカバちゃんは、背伸びをしてあたりをくるくると見回しました。

「あの、スイーパーさん」
「ん?」
「私、お城でこの土地のこの時期の事を聞きました。『緑成す大地』この事だったんですね!」

ワカバちゃんは、心と身を震わせながら、深いため息をつきました。
「私ずっと、いつかここに来てみたいって…思ってました」
その言葉にスイーパーさんは身を少しかがめて、ワカバちゃんの耳に囁きました。
「僕は、ずっとこれを見せたかった…」
「は…はい…」
ワカバちゃんの頬が夕焼けのような淡い赤に染まりました。

 

二人はそのままじっと緑色に輝く世界を並んで見下ろしていましたが、

「私、ずっと…ずっとここにいたいです」

ワカバちゃんがひとつの言葉を口にしました。それはこの一カ月の間、ずっと心の中で繰り返していた言葉でした。

「しかしワカバ姫!両陛下には…!?」
思わず騎士の立場(身分)に立ち戻ったS+騎士(スイーパーさん)に、ワカバ姫は首を横に振ってみせました。
「お父さまとお母さまには会いに行きます。そしてきっと、きっと会いに来てくれます」
「姫…」


「私は、ずっとここにいたいです!」

ワカバ姫は右手を相手に向かってゆっくりと、けれどまっすぐに差し出しました。
「スイーパーさん。わ…私の…騎士!」
その右手は空中でブルブルと震え続けていました。その震える小さな指先を、S+騎士(スイーパーさん)は息を飲んで見つめていましたが、やがて、ワカバ姫が両目をぎゅっと閉じ全身を固くして立っている事に気付いて、ふっとその表情を柔らかく崩しました。
「ワカバ姫の、お望みのままに…」
そうしてS+騎士(スイーパーさん)は、ワカバ姫の側に片膝をつけると、その小さく柔らかくそして愛しい手の甲に、誓いの口づけをそっと触れました。

 

ワカバちゃんはほっと息をついて両目を開けました。見上げた先には何よりも大好きな人の顔がありました。スイーパーさんは、大きな瞳に喜びの色がゆっくりと射して行くのを、自分の中の喜びのように感じました。二人はどちらからともなく両手を差し出し、それを握り、そうして額と額が触れ合うように身を寄せました。緑色の朝やけと小鳥の奏でる歌声だけが、一つの影になった二人の姿を静かに包んでおりました。

 

さて、ここから先のお話を綴る為の紙面は、残念ながら残っておりません。ワカバ姫とS+騎士さまは許され結ばれたのでしょうか?それとも身分の差という困難に直面したのでしょうか?この先、この二人がどうなったかは現代の我々には想像する事だけしかできません。けれどただ一つ、確かな事があります。『ワカバ姫がS+騎士領から王城に戻った』という記録は、現在どの書庫からも『見つかっておりません』


〜HAPPY END〜

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【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-5

※緑チームシリーズ(NANAさま作)のオリイカをお借りした三次創作&本編とは世界設定が異なるパロディです
※コンセプトや注意書きはPart-1冒頭に記載しております。どうぞそちらをご参照ください

 

※(ご報告)
Part-2にてシークレットで(もしかしてこの二人は?という風に存在を暗示するように)登場しました
騎士国の王さまと王妃さまの正体は、王さま(つなみイカさん)王妃さま(NANAイカさん)です。(事後報告にて失礼いたします)前回と同様にして今回も、お二人に登場して頂きました事をお知らせするとともに魅力的なキャラクターの存在への感謝の気持ちを贈らせていただきます。

 

 

◆Part-5『対談』

 

ミスリル王子(氏)の世界は自らの美しさとガールがすべてでしたから、自分が『顔面偏差値C−のボーイを必死になって追いかけていた』という現実に、とても耐える事ができませんでした。C+騎士(ローラーくん)と侍女(ザップちゃん)は領主館(居城)の客室に彼を運んで介抱しました。


さてそれから丸一日、王子(氏)は客室(寝室)で伏せっておりました。そして二日目はふかふかのソファでフテ寝ができる程度まで回復しました。彼は侍女(ザップちゃん)に「ボクはフェアリーの悪戯な罠にかかってしまったようだね」と微笑みかけましたが、C+騎士(ローラーくん)には、「ああ、キミはあの不愉快な偽姫だね!?」と肩をすくめてみせました。
そして、口を挟もうとするC+騎士(ローラーくん)に向かって「顔面偏差値C−は黙っていたまえ」とそつない言葉を投げましたが、「オレは不法侵入ヤロウを迎え打っただけだぜ」という至極まともな反論(正論)に合い、口を閉じたのでした。

 

さて三日目のお話をする前に、その三日の間、領主館(居城)の外で何が起きたのか少しご説明しましょう。『領主館にいるのはS+騎士とワカバ姫ではなく、ミスリル王子(氏)と偽の姫だった!』という噂話は、頬を撫でる初夏の風よりも速く各地に広がりました。元々領民の間には表立って口にしなかったものの、駆け落ちした騎士と姫に対して『できればそっと逃がしてあげたい』という雰囲気が流れておりましたから、表で堂々と気楽に楽しめそうなこの新しい話題には、それこそ皆がイカ速&人速ガン積みの勢いで飛びつきました。

 

更に今回は騎士国の王さま(つなみイカさん)の名で『偽の姫?それってどんなんよ?』というおふれが出されました。それは、「一番それっぽい人物」を見つけて来た者に「報奨金を与える」というものでしたが、その報奨金の金額を見て、国民領民の気持ちは(フェス並みに)一気に盛り上がりました。

 

そして、前回の騎士と姫への手配書には口をつぐんでいた王妃さま(NANAイカさん)も今回はノリノリで、偽の姫の特徴を『う〜ん、姫だからドレスはきっとふわふわ系だと思うけど、やっぱり残念な感じは大事にしたいな〜』という色々な意味に受け取れる発言をなさいました。このひとつの言葉は、S+騎士領だけではなく、各地に『女装したボーイ』を大量出現させました。現代も残る騎士国の初夏のお祭りの中に『女装祭り』があるのはこの為です。


 

さてそれらを踏まえた上で、三日目の領内の出来事にお話を戻しましょう。お茶の時間の出来事です。
「ど〜ぞ、こちらへ」
侍女(ザップちゃん)は室内ではなく、館のテラスにミスリル王子(氏)を案内しました。テラスの丸い大きなテーブルでは、お茶の準備がすっかり整っておりました。ミスリル王子(氏)はそこに座っている人物を見て両手を広げました。
「今度こそ、まちがいない!」
王子(氏)はそちらにカサカサと近寄ります。
「ワカバ姫!噂通り…いや噂以上に麗しい!」

「ご…ごきげんよう…」
ふわふわのドレスに身を包み、少しおずおずとした様子で椅子から立ち上がったのは紛れもなくワカバ姫でした。そしてそのすぐ後ろには、S+騎士(スイーパーさん)が影のように控えています。

 

「さて、天使のティータイムに、ボクも迷い込んでみようかな」
ミスリル王子(氏)は意気揚々として、ワカバ姫の反対側の椅子に座りました。その彼にまずワカバ姫が、そしてS+騎士(スイーパーさん)が形式ではありますが、とても心のこもった挨拶をしました。

ワカバ姫はミスリル王子(氏)のカップにお茶を注ぎ、相手がひと息入れたのを見て、「あの…騙してしまってごめんなさい」と再び頭を下げました。

 

ミスリル王子(氏)は、チッチッチと指を左右に振りました。
「このボクの美しさ以上の罪はこの世には存在しないよ。まあ…何か理由があったという事だね?」
その言葉にワカバ姫は、首を縦にコックリしました。そうしてからS+騎士(スイーパーさん)のほうを肩越しに見上げました。S+騎士は優しくうなずいて返し、姫は再び前を向きます。
「あの…それは…あのう…つまり…」
姫は何か言いかけましたが、上手い言葉が見つからずにうつむきました。するとS+騎士が後ろからそっと姫の耳に何かを囁きました。姫はコクコクとうなずき返して再び前を向きます。
「あの…実は私たちは、一度直接お会いして確かめたい事がありました。 王子(氏)さまがここ(領主館)においでになる事はわかっていて、 でも追っ手の目が厳しくなっていて、私たちはここに近づく事ができませんでした」

 

ミスリル王子(氏)は、ティーカップを指先でキンとはじきました。
「そこで偽の姫が登場したというわけだね。その噂話に人々の目を向けさせ、その隙にここにたどり着いた。エクセレント!流石というより他ない。まったく見事な作戦だったよワカバ姫!」
王子(氏)は両手を広げて(文字通り)手放しで褒めました。話の流れから見ても状況から見てもすべての策はS+騎士(スイーパーさん)のものである事は明白※でしたが、ボーイを手放しで褒める事は王子(氏)の美学に反しておりました。王子(氏)と対峙せず、ワカバ姫を表に出しているのもまたS+騎士の策の一部と言っても良いでしょう。(※知将としてのS+騎士の名はキラキラ国でも有名です)

 

「それもこれも、このオレの働きがあったからこそだぜ!」
奥に控えていた従者(ローラーくん)が、身を乗り出してきました。けれどすぐに、「あんたはも〜!空気読みなさいよ」横にいた(侍女)ザップちゃんに首根っこを掴まれて姿を消しました。

「あの…これもスイーパーさんが?」
ワカバ姫は、王さま(つなみイカさん)が発した『偽の姫?それってどんなんよ?』のおふれ(羊皮紙)を差し出しました。するとS+騎士は、首を静かに横にふりました。
「これは私の預かり知らぬ事です。ただ両陛下のご厚恩に感謝するより他ありません」
「お父さま…お母さま…」
ワカバ姫は胸の奥から湧き上がった喜びに胸をいっぱいにして、王さま(つなみイカさん)と王妃さま(NANAイカさん)の姿を思い浮かべました。そしてそのおふれを(その控えめな)胸にギュっと当てて抱きしめました。

 

 

ちょうどその頃、騎士国の王城では王さま(つなみイカさん)と王妃さま(NANAイカさん)が玉座でワカバ姫の事を話しておりました。と言っても二つの玉座のうちひとつはいつも空っぽで、二人はひとつの玉座に仲良く座っているのです。

 

「ね〜つなみイカくん。これであの二人も少しは楽になったと思う?」
王妃さま(NANAイカさん)は王さまに心配そうに問いかけました。彼女にとって、ワカバちゃんもスイーパーさんも我が子のように大切な存在なのです。

「もうへ〜きへ〜き!偽の姫の狙いが情報攪乱(かくらん)ってのは一目でわかったし、報奨金のおふれのついでにニセ情報もごっそり流してやったから、今、騎士と姫追っかけてんの、熱烈なファンかカプ厨くらいじゃねェ?」

王さま(つなみイカさん)は威勢よく答えました。彼は剣のウデマエもS+級でしたが、そのパワーのある不思議な明るさを慕う臣下も城の中にはたくさんいました。

 

「そうそう懸賞金。つなみイカくんあんなにいっぱい出して大丈夫だった?大臣たちは渋ってたから、結局つなみイカくんのお小遣いから出したんでしょ?」

「あのくらい、マジでへ〜きへ〜き!」

「いつもありがとね!」

「ななちのその言葉で、もう全然元気!」

王さま(つなみイカさん)は、王妃さま(NANAイカさん)の柔らかいしとやかな体を、自分の逞しい胸の前に引き寄せました。これは「玉座でお姫さま抱っこ」と古文書には記されています。高貴な身分の者のみ許される特別な姿勢(態勢)で、それを一目でも目にしたものは、思わず頭を地に垂れずにはいられなくなると言い伝えられています。

 

「ところであの二人、少しは進展したと思う?」
王妃さま(NANAイカさん)は王さま(つなみイカさん)の頭を片手でなでなでしながら問いかけます。
「ワカバちゃんはスイーパーさん大好きでしょ?でもスイーパーさんは、騎士と姫の身分がど〜のこ〜のって気にしすぎてる感じがしたから、なんだか背中押したいな〜って」

「逆境とか逃亡中とか、わりとハートがメラメラ燃える展開じゃねェ?」

「うん、駆け落ちとか…萌えるよね!」

「あ〜ガチで燃える!ワイもななちとどっかに駆け落ちしたい!駆け落ちしよ?」

「こらこら〜」

騎士国の玉座は今日もイチャイチャです。

 


「さて、そうまでしてボクに話したかった事は一体何かな?」
ミスリル王子(氏)のその言葉に、S+騎士(スイーパーさん)はさっと後ろに引き、ワカバ姫は姿勢を正しました。
「あの…騎士国に届けられた結婚の申し込みの…くわしい内容について…」

その言葉に王子(氏)は、「その書状なんだが、実はボクも知りたいと思っていたんだよ」と腕を組みました。

 

「知りたいと思ってた!?なんだよてめえで送っておいて…」
再び前に飛び出そうとするローラーくんを、今度は「少し黙っていろ」とS+騎士が制します。その時、召使いの一人が領主(S+騎士)に何事かを報告に来ました。

「なるほど…」
彼は召使いの言葉に静かにうなずくと、従者たるC+騎士(ローラーくん)に素早く指示を出しました。

 

その一方で、ワカバ姫はミスリル王子(氏)に説明を続けていました。
「それは…こういうものでした」
ワカバ姫は、キラキラ王国から騎士国へ送られた書状の文章を、なるべく正確に思い出して声にしました。
 

一.キラキラ王国の財源の豊かさ
二.それを生かす為には誠実さや真面目さが我が国には不可欠である
三.ワカバ姫の誠実さ真面目さ(料理や手芸などの作品への賛辞含む)を称える文
四.キラキラ王国民は老いも若きも新しい王妃の誕生を喜んで迎える準備がある
五.キラキラ王国のミスリル王子は(豊富すぎる)愛情深い人柄である

 

「あ…ありえない〜ッ!」
ミスリル王子(氏)は、椅子を蹴って立ち上がりました。
「あ…いや、誤解しないでくれたまえ。君の存在が結婚を申し込むに値しないという意味ではないのだよ。ただ…一言もなかったのかい?このボクの美しさをたたえる表現が!たった一言も!?」

「あの…愛情深い…とだけ…でもそれはそれで、でも…」
ワカバ姫は、王子(氏)の取り乱しように心持ち身を引きながら答えました。

「恐れながら…私も書状を拝見しましたが、美しさ華やかさまた輝かしさ、そういう類の文章が一切含まれていなかったのは事実です」
S+騎士(スイーパーさん)は、姫の後ろから穏やかながらもよく通る声でそう告げました。

 

「あ…あ…ありえない……!そんな文章は…ありえないっ!」
ミスリル王子(氏)はワナワナと肩を震わせます。

「つまりそれって、他の人が書いた偽物だったってコト?」
侍女(ザップちゃん)が、新しい紅茶を王子(氏)のカップに注ぎながら問いかけます。
「ああ…フェアリー、ありがとう…」
王子(氏)は、紅茶を一口飲んでから続けます。
「偽物…とまではいかないかな。ボクはとても忙しい身だからね。臣下にある程度の権利を与えているのだよ。けれどこれは…素人もいいところだ!これは…これは断固、却下するっ!」

 

すぐさまその場で例の「結婚の申し込み」を「取り消す」書状がキラキラ王国のミスリル王子(氏)の名の下、直筆で綴られました。そしてそれは、騎士領内でも一番の早馬でキラキラ王国および騎士国へ届けられる事になりました。
「わぁ!ありがとうございます!」
ワカバ姫は思わず椅子から立ち上がりました。姫はこれですっかり自由の身になったのです。


その時です。
「これはこれは、ワカバ姫ではありませぬか!」
耳に覚えのない、しわがれた叫び声が空気を震わせました。


◇NEXT『ワカバ姫の居場所』last chapter

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【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-4
※緑チームシリーズ(NANAさま作)のオリイカをお借りした三次創作&本編とは世界設定が異なるパロディです
※コンセプトや注意書きはPart-1冒頭に記載しております。どうぞそちらをご参照ください
※本編21話公開(2016.04.21)の前にプロットを切っていた為、「マイディステニー!」には対応しておりませんm(,_,)m



◆Part-4『S+騎士領』

今回はまず『S+騎士領』について説明いたしましょう。それは王城の北側に位置する広大な土地一帯を指しています。この土地はS+騎士がその爵位(階級)と共に国王より賜り、管理統治するもの※です。
(※元々の領地の所有者が封主に対して騎士として奉仕するケースもあります)
この領地の領主さま(S+騎士さま)がワカバ姫と駆け落ちしたという噂は、既にこの土地にも伝わり広がっていましたが、生来善良で穏やかな領民たちの間にさほどの混乱は起こらず、その大半は日々の農作業にコツコツと勤しんでおりました。

◇S+騎士領の領民たちの声(一部抜粋:現代語訳)

「スイーパーさまにお相手が!?え〜ワカバ姫ェ〜!?それマジ?ああもう…大ショック〜!」
※騎士さま派

「姫はオイラの…じゃなくてみんなのもんだ!領主さまでも絶対に渡さねぇぞぉ〜!」
※ワカバ姫派

「こりゃまた領主さまも思い切った事をなされたのぅ〜。そうじゃったかっ!そうじゃったか〜!」
※お迎えが来る前に結婚式見たい派

「そんなら、新しい領主さまダレ〜!?」
※気が早いタイプ

「懸賞金ちょっとショボすぎねぇ?騎士と姫だろ?」
「もちっと待てば上がるとみた!」
「今ドコ〜?」
「実は、コッソリ領主館に入ったらしいよ…」
「それマジか!?」
「領主さま(騎士さま)のお付きのC+騎士が言ってたから、まず間違いないよ…」
「ソレ、国に言っちゃう〜?言っちゃう〜?」
「正直迷うわ〜。額はショボイし、それに領主さまには恩もあるしなぁ…」

「そんな事より、麦の採り入れの話しようぜっ!」



その日、S+騎士領の領主館(居城)の前に、珍しい(怪しい)人物が現れました。番兵たちはその人物と正門の間に、槍をXの字にして立ちふさがります。
「ここを、通すわけにはいきません」

それを聞いた来訪者は、はんっと鼻で笑うと番兵たちに呆れたような視線を投げました。
「これだから素人は…。この美しさを一目見れば普通わかるだろう?このボクが王子だってコトが!」
何という事でしょう!朝早くから突如カサカサと出現したその人は、キラキラ王国のミスリル王子(氏)だったのです。

「そのようなお話は伺って(うかがって)おりません」
「ただいま領主不在の為、確認する事ができません」
「それまで、ここは誰ひとりとして通すわけにはいきません」
番兵たちは(マニュアルっぽい)断りの言葉を次々に口にしました。

ミスリル王子(氏)はチッチッチと、番兵たちの前で指を左右に振ります。
「このボクにはもうすっかりわかっているんだよ。S+騎士とワカバ姫がここにいるってコトが!」
そしてその指をまっすぐに相手に向け、さらに相手を見下ろすような顔の角度を作りました。
「キミたちも、もっと愛すべき領民たち(ただしガールのみ)の声に耳を傾けたまえ!二人が、こっそりここに戻って来ているのは紛れもない事実だよ!」

その言葉に番兵たちは顔を見合わせました。王子(氏)は言葉を続けます。
「安心したまえ。ボクはS+騎士には少しは同情しているんだ。
密かに想いを寄せる姫にキラキラ王国の王子、つまりこのボクだよ!ボクから姫へ結婚の申し込みがあったと聞いた時、その瞬間の彼の絶望たるや、如何(イカ)ほどのものだろう!?」
王子(氏)はその場で『両手で頭を抱えて天を仰ぐ絶望のポーズ』を取りました。
「天と地が反対になろうともこの美しさには、つまりこのボクの美しさにはかなわなァい!!だから姫をさらうより仕方なかった。そうだろう?」

「そうだろうって…」
番兵たちは色々な意味で言葉を失いました。王子(氏)はかまわず続けます。
「ボクは彼の罪は問わない。そういう面倒な事は一切この国に任せるよ。それよりボクは、小鳥のさえずりと花の笑顔に会いに来たのさ!」

「小鳥…?花…?」
番兵たちは突然の比喩表現に戸惑うばかりです。王子(氏)はおおげさに肩をすくめました。
「これだから素人は…鈍くて困る。この国の姫ぎみ宛てに、キラキラ王国から結婚を申し込む書状が届いたそうじゃないか。それを受け取った時のワカバ姫の喜びたるや、如何(イカ)ほどのものだろう!?」
王子(氏)はその場でクルクルと回りました。それと共に辺りは更にキラキラと輝き始めましたが、既に視線を外していた番兵たちはわりと無事でした。

王子(氏)は体の回転(ミスリルスピン)を止めると、番兵たちに斜め四十五度の視線を投げました。
「ボクはワカバ姫の顔を見に来たんだよ。だから、ここを通したまえ!」



「こんなトコかな〜」
侍女(ザップちゃん)はカゴ(籠)を両手で抱えて独りごちました。(独り言を呟きました)
カゴ(籠)の中では、ブルーベリー(天然素材)が山になっています。
「あの森ちょーサイコー!こんなにたくさん採れちゃったし〜!」
流行りの歌を口ずさみながら足取り軽く、壁に沿って伸びる細道を進みます。

ほどなくして、壁の一角にぽつんと見えている小さな木戸にたどり着きました。左右を素早く見回します。辺りに人の姿はありません。遠い空でさえずる鳥の歌が微かに聞こえるばかりです。
「うん、大丈夫みたい…」
確かめるように頷くと、木戸を片手で押して中に入ります。

そこは、領主館の裏庭になっていました。侍女(ザップちゃん)は、茂みや木の陰に人の姿がない事を確認して、文字通りほっと胸をなで下ろしました。ふとカゴ(籠)の中に目を止め、青紫の大きな実をひとつ口の中に滑り込ませます。
「うん美味しい!これならきっと姫も…」

その時です。
「ボンジェルノ〜お嬢さん!」
「きゃぁぁぁぁ〜!?」
侍女(ザップちゃん)は飛び上がりました。いつの間にいつからそこにいたのでしょう?茂みの中に立つ人影がひとつ。
「だ…誰なの、あんた!?」
慌てて後ろに飛び退きます。

「キミ、待ちたまえ!ボクは怪しい者ではない。フェアリーの秘密の通り道に迷い込んだ旅人だよ!」
その人物(王子(氏))は茂みから踊るように歩み出ると、ウインクをひとつ投げました。
「ちょっと〜!怪しさしかないんですけど〜!」

「この館の門番は岩や石のように頑固でね。おかげて迷ってしまったよ。快活なフェアリーさん、どうかこのボクを導いてくれたまえ。さっきキミは『姫』と言ったね、それはワカバ姫のコトだろう?」
「そんな事、絶対言ってないからね!」

ミスリル王子(氏)は、侍女(ザップちゃん)の顔の前で、チッチッチと指を左右に振りました。
「フェアリーはイタズラ好きだと聞いているけど、キミはウソが苦手だね?このボクの耳は乙女の囁きをけっして聞き逃さないのさ。そしてキミは町娘ではないね?きっと姫の侍女だろう。ワカバ姫はどこにいるのかな?」

「もしそうだとしても、あたしがマジでソレ言うと思う?」
侍女(ザップちゃん)は、両手を握り、相手を睨みつけるような目で見ました。

「ああ…熱い視線をありがとう!このボクの美しさに目が離せないようだね!安心したまえ。姫の顔を見たらキミのところにボクはきっと戻って来るよ。そうしたら一緒に妖精の泉を探しに行こうじゃないか!ただボクは今は姫の顔を見たいんだ。姫はどこかな?」
王子(氏)はその場でクルリと回り、ウインクを今度は二つ投げてきました。これでは、どうやっても追い払えそうにはありません。

侍女(ザップちゃん)は肩を落として大きなため息をつきました。
「もう…わかったわよ。わかりました。ワカバ姫はこっちに…」
侍女(ザップちゃん)は、領主館の扉のひとつに足先を向けました。

「待ちたまえ。イタズラ好きのフェアリー!」
王子(氏)は、帽子のツバを片手で握って白い歯を見せて笑うと、
「キミは一度この庭の向こうを見て、それから館を見たね。ボクはフェアリーの目の輝きをけっして見逃さないよ!」
言うなり、裏庭の奥のほうに向かって一直線に進み始めました。

「きゃぁぁぁ〜ちょっとちょっとぉぉ〜!」
その素早い(カサカサ)動きを見て、侍女(ザップちゃん)は悲鳴を上げました。
「そっちはダメなんだからねっ!ダメだったらぁ〜っ!」
その叫び声を背にして、王子(氏)は裏庭にまっすぐ足を進めました。
「ワカバ姫。どうかその麗しい顔をボクに見せておくれ!」



領主館の裏庭では、庭師が丹精込めた薔薇(バラ)が咲き誇っていました。ひと区間ごとに、薄いピンク、クリームのような黄色、ベルベットのような赤、そして青みを帯びた白などの色とりどりの薔薇が植えられていて、それらがうす明りにランプの光のような幻想的な色を添えています。
「ほうこれは…素人の庭にしては悪くない」
ミスリル王子(氏)は一度足を止めると、朝露を帯びてしっとりと輝いている薔薇の香りをかぎました。
「おや?」
四角形の植え込みの中心に、こちらに背を向けて座っている人影が見えました。その人は、ふわふわのシフォンケーキのようなドレスに身を包み、霧のように細かく織られたレースのベールで頭の上から肩をすっぽりと覆っています。
「おおっ!キミがワカバ姫だね?」
王子(氏)が速度を上げてそちらに近寄ると、その人物の肩がビクリと震えました。と思うと飛び上がるようにして立ち上がり、横のL字の道に向かって走り出します。
「待ちたまえ、薔薇園の姫!このボクこそキラキラ王国のミスリルだよ!」

薔薇園のアーチの中をふわふわのドレスと絹のベールがゆらゆらと走り抜けます。
「ワカバ姫は追いかけっこがお好きなようだね!」
ミスリル王子(氏)は、その後をカサカサと追いました。
けれど、L字、十字路、斜め、U字路など、迷路のように道が入り組んでいる薔薇園の中では、彼の足の速さを十分に発揮する事ができません。薔薇園の姫は、まっすぐ走ったかと思うと急に向きを変え、横の茂みに飛び込みます。追いついたと思った瞬間その姿は消え、通路を走り続けて再びその姿を目にしたと思ったその瞬間、再び視界の外へ。

そういうやり取りを何度も繰り返すうちに、王子(氏)の息が上がってきました。
「エ…エンジェルの羽は、う…噂よりずっと飛ぶのが早い……」
王子(氏)は両膝に両手をついてしばし息を整えます。
「おっと…いけない」
彼は少しだけ斜めになった帽子のつばを直しました。自分の美しさは王子(氏)にとって大切なものなのです。

「今度こそ、つかまえたよエンジェル!」
一直線の通路の奥に、薔薇園の姫が現れたのを見て、王子(氏)は走り寄りました。けれどあと一歩のところでその姿は視界から消えました。背後でなにかが壊れる音がして振り返ると、そこに薔薇園の姫が立っています。
「ビーコン!?」
ミスリル王子(氏)のキラキラの瞳が驚きで大きくなりました。どうやら薔薇園の姫は、捕まえられる直前にビーコンで移動していたようです。
「エンジェルの正体が、イタズラ好きなフェアリーだとは!」
ミスリル王子(氏)は、チッチッチと指を左右に振りました。
「追いかけっこも悪くないけど、そろそろティータイムの時間だよ。そう思わないかい?」

王子(氏)は、今度はゆっくりと薔薇園の姫に近寄ります。今度は逃げる気配がありません。王子はウインクを三つ投げました。
「わかってくれたようだね。さあワカバ姫!そのベールを上げてこのボクに笑顔を見せておくれ!」

ミスリル王子(氏)のその言葉に従うように、薔薇園の姫は顔を覆っている絹のレースに両手をかけました。そうしてそれを、ソロリソロリと上げていきます。
「きっ…キミはっ!?」
王子(氏)が短く叫んだのと、その人物が『ニタリ』と笑ったのはほとんど同時でした。

「ところがザンネンッ!ローラー姫だッ!」
「ヒギャァァァァ〜!!」
ミスリル王子(氏)は、この世の終わりを見たかのような悲鳴を上げました。
なんということでしょう!今まで王子(氏)が必死になって追いかけていたのは女装したボーイ(男子)だったのです。
「は?…え?…う…うぉぉ〜!?」
王子(氏)は、その場でがっくりと膝をつきました。

「オラオラどうした〜?お立ちになりやがって、王子さまよォ!」
薔薇園の姫の正体、C+騎士(ローラーくん)は、胸をそらせるようにして大声を上げました。彼はまさに今、S+騎士の従者『最強の囮』としての役割を果たしたのです。

「じゃ〜ん!ビックリドッキリ〜!」
傍らの茂みが大きく揺れ、そこから侍女(ザップちゃん)が顔を覗かせました。彼女もこの一連の流れに一枚噛んでいたのです。
「きゃぁぁぁ〜!」
彼女は、その次の瞬間悲鳴をあげました。足元の地面にミスリル王子(氏)がうつ伏せに倒れています。

「もうローラーくん、手荒なマネしちゃダメだってS+騎士さまに言われてたでしょ!」
「オレは何もしてねェですわのよ。勝手に倒れやがりましたのよ」
C+騎士(ローラーくん)は妙な女装言葉で説明します。
「とにかく館まで運んで!」
「しゃ〜ね〜な〜」
「うう…う〜ん…」
二人は気を失った王子(氏)を館まで引きずるようにして運びました。

◇NEXT『対談』
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【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-3
※緑チームシリーズ(NANAさま作)のオリイカをお借りした三次創作&本編とは世界設定が異なるパロディです
※コンセプトや注意書きはPart-1冒頭に記載しております。どうぞそちらをご参照ください

NANAさま(2016.01.13)のツイートより
『急に寒波がきましたね…つーわけで駆け落ちしてどっかの山小屋で寒さに震えながら一晩を過ごすワカバ姫とスイーパー騎士ください(まだ続いてた)』『羽織ってたマントを優しくかけてあげるんです!「それではスイーパーさんが寒いです!」って遠慮する姫も含めて萌え…』

NANAさま(2016.01.14)のツイートより
山小屋に隠れた姫と騎士は、騎士のマントに二人で包まって、そのまま騎士の腕に抱かれて暖をとりながら安心して眠ってしまうワカバ姫ください(まだ続いてた) いつ追っ手がくるかわからんから 、騎士は眠れず、ずーっと姫の寝顔見ながら起きとるんや…

※おわかり頂けただろうか?大変に萌えるツイ尊いです。確認されたし〜(イカ公式風)


◆Part-3『山小屋の夜』

まだ夜も明けきらぬ時刻、門番の交代のわずかな時間(隙)をついて、ワカバ姫と騎士(スイーパーさん)は外壁の外へ忍び出ました。姫は王城門(裏門)を通り抜けた後、思わず後ろをふり返りました。
「ワカバ姫…しっかりね」
侍女(ザップちゃん)の涙まじりの声が闇に溶けました。彼女は話を聞くなり少しも騒がず、わずかな時間で姫の旅の身支度を整えてくれたのです。姫が姿を消したとなれば咎め(とがめ)られるかもしれません。けれどそれを口にする事はありませんでした。

「このあと、閉めとくからな…」
S+騎士の従者※のC+騎士(ローラーくん)は、門に片手を当てて二人を見送りました。普段の彼は、上級騎士(スイーパーさん)に対して「メガネェ」などと階級にあるまじき言動を取っていますが、その彼がこの時は始終神妙な顔をしていました。

  ※低い階級の騎士は自分より階級が上の騎士の下に付いて修行したりします。
   実力が認められれば上の階級へ推薦して貰えたりします。
   (そのままの階級でゆったりお城務めの道もあります。薄給ですが安定収入)


王城から少し離れた林の影で、騎士の愛馬が二人が来るのを待っていました。姫の愛馬は、見張りの監視がとても厳しく連れ出す事はできませんでした。そこで一頭の馬の前に姫がその後ろに騎士が乗る事になりました。姫はとても小柄でしたから(手綱を握る)騎士の視界を遮ぎる心配はありません。騎士の愛馬はゆっくりとした速度で※、細道を進み始めました。

  ※速度を出すと馬の首が上下して激しく揺れ、後ろから騎士に支えられているとはいえ姫の体制が安定しない



「あの…騎士さま、これからどこへ?」
国王と王妃の勅書(ちょくしょ)には『密かに城を出てしばらく身を隠すよう』とありました。けれど城の外に出る事が稀な姫には、まったくそのアテがありません。肩越しに振り返る姫の視線に騎士は「ひとまず私の領地へ向かいましょう」と落ち着いた声を返しました。
「S+騎士領…」
ワカバ姫は口の中でその言葉を転がしました。騎士領とは、上級騎士がその爵位(階級)と共に国王より賜った土地です。城の噂では、そこにはとても穏やかな風景が広がっているという話です。姫は常日頃から「一度でいいから行ってみたい」と、侍女(ザップちゃん)にその胸の内を打ち明けていましたが、まさかこのような形でその願いが叶うとは思いもよりませんでした。

一日目は、何事も無く街道を進む事ができました。二日目は、30人の追っ手やその使い魔の影がありました。とはいえ姫はそれらを間近にした訳ではなく、丘の上からそれらしい影が反対の方角へ走り去って行くのを見送っただけです。彼らをそうさせたのは、S+騎士(スイーパーさん)の策(誘導)でした。三日目は、100人の追っ手の影がありました。ここでも騎士は剣よりも知将(裏参謀)としての腕を振るい、彼らを引き離しました。けれども流石に多勢に無勢、時には茂みや廃屋などに身を隠す事もありました。

騎士が隠していた愛馬を取りに行き、そして戻る間のわずかな時間の事です。ワカバ姫の心をたいそう乱す出来事がありました。古びた水車小屋の壁に貼られた1枚の紙。それはまだ新しいものでした。姫は、そこに書かれている文字を一度読み、そしてもう一度まじまじと見つめました。
「そんな…」
震える手でそれを剥がし取り小さく折りたたむと、そっとドレスの中に仕舞います。ほどなくして騎士は戻って来ましたが、姫はこの時、何も告げることができませんでした。



その日の夜の事です。日没と共に空気はどんどん冷えていきました。馬上とはいえそれがじわりと身にしみます。騎士(スイーパーさん)はワカバ姫の肩が震え始めたのを見ると「今夜はあそこで凌ぎましょう」と、山小屋(狩猟小屋)に向かって馬を進めました。彼が馬を繋ぎあたりの様子を見まわっている間に、姫は山小屋(狩猟小屋)の中に足を踏み入れました。人の気配がない小屋の中には、つんとした空気が満ちていました。これでは中も外もあまり変わりがありません。姫は思わず身震いしましたが、すぐに火種と薪を見つけて隅の暖炉に火をつけました。(姫は城の台所で料理やお菓子を作るのが大好きでしたから、火をつける方法を最初から最後まですっかり覚えておりました)

炎がボウボウと火の粉を歌い始めたのを見て、姫はほっと安堵の息をつきました。けれどミード(蜂蜜酒)を小鍋で温めている途中に火種が尽きてしまいました。すっかり肩を落としてしまった姫を、騎士は「それでは仕方がありません」と慰めました。姫の心使いとミード(蜂蜜酒)は、一時とはいえ騎士の心に温かさと癒しと与えてくれるものでした。本当の事をいうと彼は、薪がある場所をすっかり知っていたのですが、これ以上小屋から明かりと煙を出してしまうと、追っ手に見つかる恐れがありました。そうでなかったらどんなに良かった事でしょう。

夜はしんしんと針を進め、それと一緒に小屋の空気はぐんぐんと冷えていきました。ワカバ姫は腰掛けるのがやっとの幅の簡易台に座っておりましたが、冷気が床からじわじわと立ち上り、小さな両手を揉み合わせてみても体の震えが止まりません。騎士は見かねて「せめてこれを…」と羽織っていたマントを外しました。それは、姫の体にふわりと優しく回してかけてもまだまだ有り余るほどの大きさがありました。姫は「それではスイーパーさんが寒いです!」と驚き慌てましたが、騎士はゆっくり頷いただけで何も答えませんでした。

「あの…お話が…こちらに来てください」
姫は、小屋の扉を背にして立っている騎士を呼びました。騎士は一度で姫の側にやって来ました。
「あの…隣に座ってください」
姫は、床に片膝をついている騎士に頼みました。騎士は一度否み、二度目でその通りにしました。
「あの…これをかけてください」
姫は、隣に座っている騎士の肩にマントの反対の端を差し出しました。騎士は二度否み、三度目でそれを受け取りました。

騎士と並んで座り、お互いの肩がマントにすっかり包まれたのを見て、ワカバ姫はほうっと大きな息をつきました。これは姫にはとても勇気がいる事でした。心臓は鈴のように鳴り顔は炎のように火照っています。けれど自分一人だけで温かいマントに包まれる事は、姫にはどうしてもできなかったのです。

姫は「もう少し親しくお話できますか?」と騎士に頼みました。騎士は反射的に断わりの言葉を頭の中に浮かべましたが、「せめて…今だけでも…」という姫の言葉に思いとどまりました。
「では姫…いや、それじゃ…」
騎士は、姫の目の中に切迫したものを感じて頷きました。そして「自分は騎士の称号を受ける前にどういう口調で話していただろう?」と考えました。
「スイーパーさん…」
ワカバ姫は、今だけでも身分の垣根を忘れたいと強く願っておりました。

それでは、この二人の気持ちを大事にして、ここからほんの少しの間、騎士ではなく『スイーパーさん』と、また姫ではなく『ワカバちゃん』と、本来の姿で呼ぶ事にいたしましょう。



「あの…スイーパーさん…。話したいのはこの事なんです」
ワカバちゃんは、水車小屋の壁から剥がした紙を取り出して、おずおずと差し出しました。そこには、スイーパーさん(騎士)の名前と『姫をさらった反逆者』ワカバちゃん(姫)の名前と『駆け落ちか?』という文字が並べて記してありました。騎士国の刻印こそありませんが、それに属したギルドが各地に放った手配書である事は間違いありません。

「想定内です」
スイーパーさんは、手配書の文字を視線でなぞると、中指でメガネを上げました。
「そんな…!で…でもあれは!?王さまとお妃さまのお許しのあの文書は!?」
「確かにあれは勅書(ちょくしょ)、つまり両殿下の命令が記された文書です」
「それなら…」
「けれど同時に密勅(みっちょく)、つまり秘密裏の指示でもあります。ですから表でこういう捉え方をされるのは当然の結果です」
「そ…んな…」
ワカバちゃんは、紙の上に並んでいる文字を穴が開くほど見つめました。

「もしこれが国と国との話なら、大きな争いに発展する可能性がありました。けれどこれなら最悪でも一人の騎士の処分で済む」
「しょ…処…分…?」
スイーパーさんの言葉に、ワカバちゃんの目の前が真っ暗になりました。
「だ…ダメです…っ!そんな…わ…私のせいで!」
思わず閉じた瞳の端に、涙の粒が光ります。スイーパーさんは静かにそれを見つめていましたが、その目は凍った湖のような揺るぎのない穏やかさを帯びていました。

「ひとつ気になるのはS+騎士領の領民たちです。けれどその点はなんとか取り計らってもらえるでしょう。たとえ領主が変わって…」
「す…スイーパーさんっ!」
ワカバちゃんは、相手の言葉を叫び声で止めました。
「それは…騎士の誓いの為…ですか?」
「もちろんそうです」
スイーパーさんは、考える余地など最初から存在しないかのように、間を置かずに答えました。
「命をかけて護る。あの夜、誓った通りです」

「そんな…」
ワカバちゃんの体は、事の衝撃に耐えきれずに大きく震えました。騎士の誓いも彼の立場もその言い分も、充分に理解できます。けれどそれは、今目の前にいる存在が遠くに、隣の国に嫁ぐよりも遠くになってしまうという事なのです。深い深い悲しみが心の杯をあっという間に満たし、その重みに心が悲鳴を上げます。
「…ダメ…です…っ!」
張り裂けそうなその痛みに、見る間に涙があふれ出ました。
「スイーパーさん…!ダメです…っ!」
ワカバちゃんは、スイーパーさんに自分の体を投げかけると、両腕を一杯に伸ばして相手の体に回しました。



その瞬間、スイーパーさんはこれまで感じた事がない感情に襲われました。それは、小動物を片手でそっと撫でている時に、突然それが自分の腕の中に飛び込んできた時の驚きに似ていました。小さな肩をブルブルと震わせているそれを無下に引き離すには忍びなく、またそれとは反対に、強く抱きしめると壊してしまいそうな戸惑いがありました。

そこでスイーパーさんは、ワカバちゃんの頭の後ろに、片手の指先でポンポンとゆっくり触れました。けれど相手は首をフルフルと横に振り、腕の中で泣きじゃくり続けています。その涙には、相手の存在そのものを何よりも大切に思う気持ちが込められていました。

純真な祈りは、時に人の心を動かします。この山小屋(狩猟小屋)に入る前まで、スイーパーさんは騎士として王命に殉ずる覚悟を決めていました。けれど今は、王国に対する忠誠と敬愛は変わらず心の中にありましたが、それとはまた別の不思議な感覚が込み上げていました。ワカバちゃんの瞳から流れ落ちる涙のしずくが、乾ききった大地を潤すようにスイーパーさんの心にしみていきます。その純粋な温かさは騎士としてのスイーパーさんではなく、本来の彼に直接響きかけるものでした。騎士と姫として対峙していたのならとてもここまで、相手の感情を自分の肌のように感じる事は出来なかったでしょう。

ワカバちゃんの震える肩を、スイーパーさんはそっと引き寄せてそのまま抱きしめました。それはとても柔らかく、腕の中にすっぽりと入る大きさで、また触れているとふんわりと温かくなるものでした。彼はこれまで王国の宝として彼女の存在を慈しんできましたが、唯一無二の存在として強く意識したのはこれが初めてでした。スイーパーさんはワカバちゃんの存在を全身に感じ、そしてそれを感じている自分を失いたくないと心の底から思いました。

ここまで二人は一言も言葉を発しませんでした。いえむしろそれらは言葉では表現できないものでした。故に、この時の二人の感情に名前をつける事は出来ません。それらが、セキを切ったように突然湧き上がったものである事は確かですが、それ自体には荒々しい所は少しもありません。それは、日の光がさあっと地面を染めていくような、穏やかな鮮やかさを帯びていました。



「もう心配しないで」
スイーパーさんは、震える肩をもう一度だけ優しく抱きしめてから、ワカバちゃんの両肩をそっとつかんで少しだけ体を離しました。
「…す…スイーパー…さ…」
見上げる大きな瞳から大粒の涙がこぼれています。スイーパーさんは、その瞳の中に無類の優しさを見つけて思わず微笑みました。
「考えるよ。自分も残る方法を」
「ホ…ト…に?」
ワカバちゃんはしゃっくり混じりの言葉で問いました。
「本当に」
スイーパーさんは、ゆっくり大きく頷きました。
「ちゃんと…?」
ワカバちゃんは片手の指でで涙をぬぐい、もう一度顔を上げました。見上げた先には、真剣な、そしてどこまでも優しい青い色の瞳がありました。

しばらくの間二人は黙って見つめ合っていましたが、そうするうちに、ワカバちゃんの緊張の糸はゆっくり解けていきました。スイーパーさんの言葉をすっかり信じる気持ちになったのです。
「わかり…まし…た…」
ほっとすると同時に体の力がふうっと抜けていきます。お城のベッドの羽毛のかけ布団より、騎士のマントの中はずっと温かくて、どこかくすぐったくて、そして心が落ち着く場所でした。



スイーパーさんは、ワカバちゃんを腕の中に抱えたまま、これまで選ばなかった道を新たに描き始めました。それからしばらくの間、山小屋はしんしんとした静寂に包まれました。
「ミスリル王子(氏)と、直接話ができれば…あるいは…」
彼は考えをめぐらせ、また時折、追っ手の追撃の気配がないか外の空気に意識を向けました。そしてそのままかなりの時間、目を覚ましていましたが、ある時ふと腕の中に視線を向けました。

そこでは、ワカバちゃんが穏やかな寝息をたてていました。すっかり安心していつの間にか眠ってしまったようです。
「……さ…ん」
その唇の隙間から小さな音色が零れ落ちました。スイーパーさんは、大きな瞳を彩るまぶたや柔らかい頬の曲線や、微笑んでいるような口元を、なぞるようにじっと見つめていましたが、自分の胸のあたりに何かを感じて視線を落としました。そこには、スイーパーさんの服の表面をギュッと握りしめる、ワカバちゃんの小さな手がありました。
「ワカバちゃん…」
スイーパーさんは、ワカバちゃんの手の甲に自分の片手を重ねると、包むようにそっと握りました。

◇NEXT『S+騎士領』
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【素敵お題】スイワカバレンタイン2016
※緑チームシリーズ(作:NANAさま)の三次創作です。
(2016.02.02)ツイートより
・ワカバちゃん一生懸命チョコつくっても、スイーパーさんが野良帰りに両手に紙袋いっぱいのチョコ持って帰って来るもんだから、渡せなくなる切ないパターンとか好きやで
・そういえば、ワカバちゃんはくれないのかな…って不思議に思い始めるメガネ
・あぁねむい、 この続きは誰かが用意してくれてると期待して寝ます…

⇒はい、続きを考えてコトコト煮込んだものがこちらになります〜コトン(お料理番組風)

※スイーパーさんのバレンタインへの認識は想像のものです。むしろ知識がありすぎてこじらせる系?
※筆者は「連投になるのはわかっていた。だが書かない理由が見つからなかった…。朝起きたらチョコレートの妖精さんが…」などと供述しており…




インクリングボーイの大半が、朝から何やらソワソワして、ガールに妙に優しくなるその日、緑チームのシェアルーム(リビング)には甘い香りが立ち込めていました。ナッツやアーモンドの香ばしさ、生クリームのまろやかさ、ココアバターとカカオマスの魅惑的な風味が混ざり合っています。

「ローラーくん、ほらあーんして!毒見して!」
ザップちゃんは、チョコレートを一個つまんで、ローラーくんの口元に突きつけました。
「毒見かよ!…しゃーねえなァ!」
ローラーくんはしばらく口の中をもぐもぐさせていましたが、「ん?なんだコレ、マジうめェ〜っ!」両手の拳を握って立ち上がりました。

「でしょ〜!?今年はワカバちゃんと一緒に作ったんだよ」
「てめぇは横でギャーギャー騒いでただけだろ?」
「ちょ〜失礼なんですけど!ちゃんと手も動かしたんだからね!」
「へっ!どうだか」
「も〜いいよ。ローラーくん今年のバレンタイン終わりっ!」
「毒見の一個だけかよっ!」

ローラーくんとザップちゃんのいつもの口喧嘩をよそに、ワカバちゃんは無心で手を動かしていました。ナッツ入り、コーヒー風味のアーモンド入り、ビタープレーン、そしてラズベリー&ストロベリーのピンク色、四種類のハート型のチョコレートが箱の中で四つ葉のクローバーのような円陣を組んでいます。そこにフタをそ〜っと被せ、青色の包装紙で包み、黄色いラインがうっすら入った緑色のリボンで優しく飾ります。
「できたぁ…」
ワカバちゃんの顔がぱあっと明るくなりました。手の平二つ分のそれは決して大きくはありませんが、ワカバちゃんにとっては世界に一つだけの大切な贈り物なのでした。

「ワカバちゃんそれマジ神!スイーパーさん、ちょ〜喜ぶよ〜!」
「あ…あの、他のみんなのも…たくさん作ったから…つ…包まなきゃ…!」
ワカバちゃんはザップちゃんの言葉に真っ赤になりながら、それをシェアルーム(リビング)の棚(供用)にそ〜っと置きました。
※ちなみにワカバちゃんがハート型にしたのは数あるチョコの中でたった四つだけ(あとは義理チョコ用)



スイーパーさんが野良バトから帰って来たのは、キッチンがすっかり片付き、シェアルーム(リビング)の甘い香りがかすかなものになった頃でした。
「今年もまたソレかよ…メガネェ…」
ローラーくんは、戸口を見るなりゲンナリ顔になりました。スイーパーさんは、両手に大きな紙袋を抱えています。
「去年より多いね〜!スイーパーさんマジすごい〜!」
ザップちゃんは、紙袋をスイーパーさんから受け取ると部屋の中央に運びました。
「本当に毎年ありがたいんですが…こ…この量は…」
スイーパーさんは、そのまま戸口に座り込みました。

ザップちゃんは、慣れた手つきで紙袋の中の物をどんどんテーブルの上に広げていきます。細長い箱・真四角の箱・丸いもの・円柱・多角形、この世のありとあらゆる形が、これまた、ありとあらゆる色の包装紙とリボンで飾られています。
「ザップちゃんもしかして…こ…これ全部…!?」
ワカバちゃんは、目をまん丸にしてテーブルの上を見つめました。
「うん、ぜ〜んぶチョコレートなんだよ〜!」
ザップちゃんは、箱の裏のラベルをひとつひとつ確認しながら、消費期限が近いものから順番に並べ変えていきます。
「ん〜これは生かな?手作りっぽいね〜。きゃ〜!これル・ノワイユ・ヴェルジェ(有名イカパティシエ)限定品!」

「どうもありがとう、ザップさん」
「ちゃ〜んとワケマエご褒美もらっちゃうからねっ!これこれ〜これマジ狙ってたんだよ〜」
ザップちゃんは例の「限定品」を自分のすぐ手前に置いて、スイーパーさんに満ちた笑みを向けました。
スイーパーさんへ贈られるチョコレートは、毎年一人で食べ切れる量を遥かに超えています。
そもそも甘い物をさほど好まない(コーヒーにもお砂糖とミルクは入れない)となれば尚更です。
ですので、添えられたカードや包装紙以外は、消費期限が切れる前に緑チームのメンバーで分け合うのが恒例でした。



ワカバちゃんは、ただもうぼうっとして箱の山を見つめていましたが、はっと我に返ると、「わ…私も手伝いますっ!」ザップちゃんとは反対側のテーブルに陣取りました。
「ふぁぁっ〜!?…ホントにすごい量なんだぁ…」
一生懸命に仕訳け始めたワカバちゃんの横に、スイーパーさんが歩み寄ります。
「ありがとう、ワカバちゃん」
「スイーパーさん…よ…良かったですね!」
ワカバちゃんは顔を上げてニッコリすると、またすぐにチョコレートの山に視線を戻しました。

「ん…?」
その時、スイーパーさんは違和感を覚えました。ワカバちゃんのほんわりと愛らしい雰囲気は普段と変わりません。
   しかし今のは…?
疑問の原因を探ろうと目をこらしますが、感覚という物は時にやっかいなものです。すぐに答えが出る訳ではありません。



「クソメガネ!だいたいてめェ、バレンタインの意味知ってんのかよ!」
スイーパーさんの思考は、その大声で中断されました。ローラーくんが、苦虫をつぶしたような顔で箱の山をつついています。
「当然、把握しています」
スイーパーさんはメガネを中指で上げました。
「諸説ありますが、一番有名なものは大ナワバリバトル時代、戦場の兵士たちの婚姻を祝福した聖インクリングを由来とするものですね。彼の殉教した日と豊年を祈願する女神祭が結びつき、敬愛の日というイメージが庶民に広く浸透したようです。ちなみにココアとチョコレートの共通原料であるカカオマスは…」
「あ〜もうわかった!もういい!」
話が長くなりそうな気配を感じて、ローラーくんは慌ててキッチンに逃げ去りました。

「スイーパーさん、今日が『気持ちを相手に渡す日』ってコトは、わかってるんだよね?」
「もちろんです」
スイーパーさんは、ザップちゃんの問いに即座に答えました。
「今回不思議なのは、ほとんど面識がない人から贈ってもらった事です。どちらかというと敬愛より尊敬の気持ちに近いと推測できますが、何か尊敬される事をした覚えはない…」
「ほら、スイーパーさんテレビとか雑誌に出たじゃん?ちょ〜有名人!」
「有名人が、必ずしも尊敬されるとは…」

「そんな細かいコト気にしないの〜。それでね、ジャーン!」
ザップちゃんは体の後ろから何かを取り出して、スイーパーさんの目の前に差し出しました。ストライプの包装紙、金属質のリボンの少し前衛的なデザインの四角い小箱です。
「あたしからも、敬愛の気持ちをおひとつどうぞ〜!」
「ありがとう、ザップさん!」
「今年はマジで自信作なんだよ〜!」
「ふぁぁ〜!?ザップちゃんの…とっても可愛くてカッコイイ〜!」
「でしょ〜!?」
緑チームのシェアルーム(リビング)の空気が、明るい活気に満ちました。

「オレオレオレ…!ザップオレのは?」
ローラーくんが、スイーパーさんとザップちゃんの間に割り込みます。
「ローラーくん、さっきあげたじゃん」
「マジであれきりかよ!」
「あたしは義理はあげない主義〜」
「ケチすぎんだろ!」
「そ〜いう問題じゃないんだってばもう〜!」



シェアルーム(リビング)に再びいつもの口喧嘩が響きます。スイーパーさんは、ザップちゃんから贈られたストライプの箱を両手で持ち上げると、他の箱と区別できるように、リビングの棚(共用)に置きました。
「これは?」
棚には先着が鎮座していました。見知らぬ箱です。青い包装紙に黄色いラインが入った緑色のリボン…。
「ふぁぁ〜っ!?そ…それは…ダメですっ!!」
甲高い悲鳴の主はワカバちゃんでした。彼女はイカ速ガン積みの勢いでそれを両手でつかむと、「ご…ご…ごめんなさい〜!」あっという間に、二階の自室(女子部屋)に走り去りました。

   そう言えば、ワカバちゃんは…くれないのかな…
スイーパーさんはふと独りごちました。(独り言を呟きました)彼の中では今日は「敬愛する人」または「尊敬する人」へ贈り物をする日になっています。自分がワカバちゃんの尊敬の対象だという自惚れを披露する訳ではありませんが、少なくともワカバちゃんは、周りの人に日ごろの感謝の気持ちを伝えるイベントは欠かさないタイプでした。(クリスマスやお正月なども張りきって準備している)その彼女が、チームメイト(ローラーくんを含む)に何の行動も起こさないというのが、スイーパーさんにはとても不思議に思えたのです。



その日は、そのまま何事もなく夕飯の時間になり、そして就寝時間になりました。
「メガネェ〜!これ見ろよ!」
ローラーくんは男子部屋のベッドの上であぐらをかいていましたが、突然片手を高く掲げました。細長い箱のラメ部分が、電灯の光にキラリと輝きます。
「チョコレートだぜ!」
「それは…見ればわかる」
至極そっけないスイーパーさんの答えに、ローラーくんはニヤリと笑いました。
「どうだかなァ!?そんじゃ今から男の価値は数じゃねェってコト教えてやるぜェ〜!」
そして箱の表面を叩きます。
「こいつは、ワカバちゃんから貰ったんだ!」

「ワカバちゃん…から?」
本のページをめくりかけていたスイーパーさんの指が、ピタリと止まりました。
ローラーくんはチョコレートを取り出すと、これ見よがしに口の中に放り込みます。
「やっべぇコレやっぱマジうめぇ〜っ!あァ〜そんでメガネは貰えたんだっけか〜?」

「それは…」
スイーパーさんは、ワカバちゃんからは今日は何ひとつ受け取っていません。彼は『ワカバちゃんはバレンタインには参加しない主義なんだろう』という推測で自分を納得させていましたが、ローラーくんには贈り、自分には何もないという状況では話が違ってきます。

「どうしたどうした〜!?まさか天下のS+さまが義理チョコすら貰えてねぇとか!?」
「ぐ…」
「オレ?オレはワカバちゃんの尊敬する大先輩だからな!いや〜まいった完全勝利かよ!」
この事実はスイーパーさんに少なからずショックを与えました。どのくらいのショックかというと、平行だったメガネが30度傾きズレ落ちた程度です。スイーパーさんはメガネの角度を直すと、更に何やら叫び始めたローラーくんを背にして、男子部屋から廊下へ、そして階下のシェアルーム(リビング)へ向かいました。



「どうして!?なんでこれが、ここにあんのよ〜!?」
男子部屋の隣、女子部屋でも大きな声が上がっていました。ワカバちゃんのベッドの横に、例の四つ葉のチョコの箱がちょこんと座っています。
「これ、スイーパーさんのだよね!?」
「ザップちゃん…声が大きいよぅ…」
ワカバちゃんは、ザップちゃんの口を慌てて押さえます。
「どういうコトなの〜?」

ワカバちゃんは、ふうっと息をついてベッドの上に座りました。
「あ…あのね…スイーパーさんには、もういっぱいチョコレートあるから…」
そして、お気に入りの古代生物のぬいぐるみをそっと手元に引き寄せます。
「だから、ワカバちゃんがあげちゃいけないってコト…あるの?」
ザップちゃんの声のトーンが、少し低くなりました。
「少し…わかんなくなっちゃって…」
ワカバちゃんは、古代生物のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめます。
「あのね…あのたくさんのチョコレート見て、スイーパーさんすごいなって…すごく嬉しくなったんだけど…ほんとに嬉しかったんだけど…」
「うん?」
「でもね…なんだか急に、スイーパーさんがあの…あのチョコレートの山の向こうに…いるような気が…して…」
「遠く…思えちゃった?」
「う…うん…」
ワカバちゃんの両目に、涙がじわりと浮かびました。

「ああもう!そんな事ないんだよ。大丈夫なんだから、もう〜」
ワカバちゃんの肩を、ザップちゃんは横から抱きしめます。
「…だ…だいじょうぶ…?」
「うん、絶対だってば!それとね、ワカバちゃん…」
ザップちゃんは、ワカバちゃんの背中を撫でながら続けます。
「誰かが大好きで、その人から気持ちを返してもらいたいって気持ち…それもダメなコトだと思ったでしょ?」
「ふぁぁ〜!?な…なんで、なんでわかったの!?」
「なんとなく…ね」
両目を丸くしているワカバちゃんを見て、ザップちゃんは少しだけ目を伏せて笑いました。

「ワカバちゃん、日付変わっちゃう!今すぐこれ渡してきなよ〜」
「で…でも!」
「でもも何もないでしょ〜!?あんなに一生懸命作ってたのは誰の為だったの?」
「それは…」
ワカバちゃんの視線が、ベッドの横の箱に向きました。
「スイーパーさん…。これはスイーパーさんの…」
ワカバちゃんは、その大切な箱をそ〜っと両手で持ち上げました。



スイーパーさんは、うす暗いシェアルーム(リビング)に独りで座っていました。ローラーくんの演説部屋(男子部屋)にすぐに戻る気持ちにはなれず、とはいえ外出するには時刻が遅すぎます。
「やっぱり、あれが原因か…な…」
片肘をカウンターテーブルにつき、片手で頭を支えます。
彼は『何故ワカバちゃんからチョコレートを貰えなかったか?』をあらゆる方向から推測していました。(大反省会)
「二回目…か…」
アロワナの水中ダイブが脳裏に蘇ります。あれは確かにあまり体裁の良いものではありません。
「なさけない所を見られてしまった…」
スイーパーさんは、テーブルに額をうつぶせました。昼間、箱を仕分けていたワカバちゃんの笑顔のぎこちなさ、あれは『私からのチョコはありません。ごめんなさい』という意味だったのかもしれない。いやそうに違いない。

「スイーパー…さん…」
階段の下で響いたその小さな声に、スイーパーさんはガバッと身を起こしました。
「ワカバちゃん!?」
「あ…あの…」
ワカバちゃんがそろそろとした足取りでシェアルーム(リビング)に現れました。
「眠れなくなったのかな?」
スイーパーさんは、姿勢をまっすぐに直して問いかけました。けれどワカバちゃんから返事はありませんでした。小さな足音だけが夜の空間に響きます。



ワカバちゃんは、スイーパーさんから少し離れた位置で足を止めました。「メガネなら下で泣いてるぜェ」というローラーくんの言葉に、慌てて降りて来てみたものの、当のスイーパーさんには泣いている気配はなく、その代わり何かとても難しい事を考え込んでいる様子でした。
   もしかして、邪魔しちゃったかな…ど…どうしよう…
さりとて、このまま何も言わずに引き返すのは、あまりにも不自然です。

ワカバちゃんは、スイーパーさんのチョコレートを両手で抱み持っていました。心の中で「渡したい気持ち」と「迷う気持ち」がマーブルチョコのように混ざり合っています。ただ渡すと言っても、夕食のカニ(カニ缶)オムレツの具を、スイーパーさんのお皿にだけこっそり多く入れる(そのかわり自分の具を少なくしてる)場合とは、事の重大さが違います。ワカバちゃんのチョコレートは、『スイーパーさんへの気持ち』そのものなのです。物事は大きければ大きいほど、それだけの緊張を伴うものです。その緊張が、ワカバちゃんの心と体の自由をすっかり奪っていました。



スイーパーさんの目には、ワカバちゃんの姿は、初めてのナワバトのように怯え沈んで見えました。彼は無理に問う事はせずに、椅子から立ち上がるとキッチンに入りました。そして明かりを点けながら、「ワカバちゃん、なにか温かいものでも作ろうか?」
さりげない口調で問いかけました。
「え…?」
ワカバちゃんの顔が少しだけ上がります。
「あの…それじゃミルクを…」
「ミルクでいい?」
「…ココア…ミルクの…ココア…」
「ココア…だね」

スイーパーさんはタイシャツの腕をまくると、ミルクパンを棚から取り出しました。水の音、蛇口のキュッという音、鍋を置く音、キッチン特有のそれらは、ワカバちゃんの心を落ち着かせるものでした。
「ここで、見ててもいいですか?」
ワカバちゃんは、キッチンカウンターに両手をのせました。

市販の粉でココアをつくるのはそう難しい事ではありません。少しのお湯で粉を溶き練ってからミルクを足して温めるだけです。ミルクパンを弱火にかけ、時々それをかき混ぜるうちに、先程までのスイーパーさんの憂いは、すっかり姿を消していました。なぜなら、ワカバちゃんが一番喜んで飲むのは、果たしてどういう「温かいもの」だったか?それだけを考えていたからです。ココアの粉を入れ過ぎて苦くならないように、砂糖入れ過ぎて甘くならないように、焦がさないように、沸騰させないように慌てずにゆっくり温めます。そしてそれをワカバちゃん愛用のカップに注ぎます。

「はい、どうぞ」
キッチンカウンターが、小さなコトンという音を受け止めました。
「ありがとう…ございます」
ワカバちゃんはそれを、両手で口に運びました。
「おいしい…」
ほの甘い優しさが、ワカバちゃんの心にじんわり沁みました。スイーパーさんが作った「温かいもの」はワカバちゃんの中で「暖かいもの」に変わりました。その「暖かいもの」が、ワカバちゃんの中の「迷い」をゆっくり溶かしていきました。



「スイーパーさん…!」
ワカバちゃんは、キッチンカウンターをまわりこみ、スイーパーさんに駆け寄りました。そして、「こ…これ、スイーパーさんに!」恥ずかしさに思わず両目を閉じながらも、腕は真っ直ぐに相手に伸ばします。両手の上にあるのは、青い包み紙、黄色いラインがうっすら入った緑のリボン、あの四つ葉のチョコレートです。
「こんな時間になっちゃって…ご…ごめんなさい…」

「あやまる事なんてないよ。ありがとう…」
スイーパーさんは、その箱を両手でそっと受け取りました。ああ、あの時の箱は自分宛てだったのか。それを先に見つけられてきまり悪くなってしまったのかもしれない。そこまで考えて、スイーパーさんは推測を止めました。それが今この手にあるという事実が、さあっと心に射し込んで来たからです。スイーパーさんの心に、暖かいものが満ちました。
「ワカバちゃん、嬉しいよ…」

「ふぁっ!?」
思わずワカバちゃんは顔を上げました。スイーパーさんの目は、喜びの弧の字を描き、口元も優しい角度に上がっています。その笑顔を見て、ワカバちゃんの心はくすぐったいやら恥ずかしいやら嬉しいやらで一杯になりました。
「それ生チョコなんです…。だから、すぐ食べなきゃ…。だから…」
ワカバちゃんは、真っ赤になって口ごもりました。
「だからそれ…明日みんなで…」
「それは、ダメだよ」
「ふぁぁぁ〜っ!?」
スイーパーさんは、驚きでまん丸になっているワカバちゃんの目をじっと見つめました。
「これは僕が貰ったものですから、他の誰にもあげるつもりはありません」

ワカバちゃんはその視線と言葉に思わず両目を閉じました。
   スイーパーさん 私のチョコレート 全部 ひとりで食べてくれる…
高鳴り続ける心の中でそう思いました。湧き上がるような感覚が体中に満ちています。ワカバちゃんはそ〜っと目を開けると、スイーパーさんの顔を見上げました。
「嬉しいです。スイーパーさん!」
その笑顔は、春の花が光に向かってぱあっと咲くように明るく、そして砂糖菓子のように甘いものでした。
   そうか、この笑顔が見たかったんだ…
スイーパーさんは心の中でつぶやきました。



その時、頭の上(二階)からドタバタという大きな音と悲鳴が聞こえました。
「何だ?騒がしいな…」
「ザップちゃんとローラーくん?」
スイーパーさんとワカバちゃんはそろって天井を見上げましたが、それから一分としないうちにその答えが現れました。

「ちょっと聞いて〜!もう信じられない〜!」
ザップちゃんがシェアルーム(リビング)に駆け込んで来ました。
「イデデデデ…」
ローラーくんの首根っこを文字通り掴んでいます。
「見てこれ〜!」
ザップちゃんがその反対の手で掲げたそれは、ストライプ柄の包装紙です。

「スイーパーさん!こいつがあたしのチョコ食べちゃったんだよ!」
「ケチケチすんなよ!メガネのはあまってんだから一個ぐれえなァ…」
「よりによって、何であたしのなのよ〜!」
「一番目立つトコにあったからな!」
「混ざんないように置いてくれてたのに〜!包みもビリビリにしちゃって…」
「こういうのは、派手に破くのが礼儀なんだよ!」
「もうローラーくん、歯磨きしないで寝て、虫歯になっちゃえばいいんだよ〜!」
「んなもん最初からやらねェ!」

口を挟む間もなく、辺りに口喧嘩が響きます。スイーパーさんとワカバちゃんは顔を見合わせ、そして一度ニッコリと笑い合いました。
「ザップちゃん…」
「こらローラー!」
壁の掛け時計の針が12時を指しました。こうして緑チームの2016年のバレンタインは無事終わったのでした。

◇おわり◇
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【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-2
※緑チームシリーズ(NANAさま作)の、三次創作&本編とは世界設定が異なるパロディです
※コンセプトや注意書きはPart-1冒頭に記載しておりますので、どうぞそちらをご参照ください
※シャープくん(参謀役)の台詞は役柄寄りになっています

※筆者のワルツの知識は「やっぱワルツって三拍子メイン?(例外もある?)今回ダンス場面あるから副題を星空ワルツにしたらなんかロマンチック〜」程度です。ご了承頂けばこれ幸いです

※【Special Thanks!】
今回のお話は、ふいごさんのツイ(2016.11.11)のスイ騎士×ワカ姫イラストに感銘を受け、また直後の関連ツイの流れをそのまま文章化させて頂きました。改めてありがとうございます!



◆Part-2『星空ワルツ』

隣国の王子(氏)からの結婚の申し出に、ワカバ姫の心は散り落ちた花びらのように乱れました。王さまと王妃さまは姫に『これから三日間よく考えてそれから答えを出すように』と申されました。一日目、姫はどうしてもこの国から離れたくないと願いました。二日目、姫は自分の身分と立場を思い出し、国のならわしに(隣国からの申し出に)従うべきかと悩みました。そして三日目、そのどちらとも決められないまま朝が来て昼が過ぎとうとう夜になりました。

「ふぁぁっ!…どうしよう…」
ワカバ姫は、ベッドの中で眠れぬ時間を過ごしておりました。すべすべの絹のシーツとふわふわ柔らかい羽毛の布団に包まれていても、ほんの少しも安らげません。とうとう姫はベッドから抜け出すと、ドレスに着替えてフランス窓(はき出し窓)からそうっと外へ抜け出しました。

城の一つ目の曲がり角で、A+騎士(ホット姐さん)とA騎士(ガロンさん)に会いました。
「お嬢…じゃなくてワカバ姫!こんな夜更けにどこ行くんだい!?」
「ごめんなさい、少し散歩がしたくて…。でも決して遠くには行きません」

城の二つ目の階段で、騎士団参謀(シャープくん)に会いました。
「姫ともあろう方が、冷たい空気の中にお出で(おいで)になろうとは!」
「ごめんなさい、少し風に当たりたくて…。でも決して遠くには行きません」

城の三つめの踊り場には、誰の姿もありません。城壁と敷石は深い青闇の色に塗られ、見上げる空には無数の星が瞬いています。姫はその光を見つめながら、隣国の宝石はこの星よりも果たして美しいのだろうか?と思いました。そうしているうちに、心の中にしんしんとした切なさが響いてきました。



視線を元に戻した時、ワカバ姫は「あっ!」と息を飲みました。踊り場の柱の影にはA+騎士とA騎士と参謀がつと控えておりましたが、彼らの他にもうひとつの人影がありました。
「ワカバ姫…」
その姿と声を前にしたその瞬間、姫は自分が何を探し求めていたのかを知りました。
「騎士さま!」
姫はそちらに駆け寄ると、頭に浮かんだ疑問をそのまま声に出しました。
「あの…この数日どこにも姿が見えなかったのは、どうしてですか?」

S+騎士(スイーパーさん)は「申し訳ございません」と素早い返事を返しましたが、その理由を口に出す事はありませんでした。騎士の物腰は普段通り礼儀正しく丁寧でした。いえむしろそのうやうやしさは数段増し、以前より数歩下がった位置に両足を定めておりました。
「こんな夜更けに、どうなさいましたか?」

「あの…」
ワカバ姫は目を伏せて、石畳が描く線をなぞりました。この三日間、無意識にS+騎士(スイーパーさん)の姿を探していたのです。本当はとてもとても会いたかったのです。けれどその言葉は、姫が臣下に告げる事を許されないものでした。また打ち明けたとてどうなるものでしょう。姫は何かの答えを探してその場でくぅるりと回りました。ふわふわのドレスが花が咲くようにふぅわりと広がります。

「ダンスの練習ですか?」
騎士のその言葉にワカバ姫は、首を縦に大きく何度も振りました。
「は…はい…少し練習したくて…っ!」
話の流れに乗ろうと慌ててワルツのステップを踏みます。一回、二回、三回目にぐらりと体が傾きました。
「ふぁぁっ〜!?」
ああ危うい。姫の体を受け止めたのは、冷たい敷石ではなく騎士の腕でした。

ワカバ姫の驚きはいよいよ増しました。これは理由が無い(しきたりや護衛ではない)姫と臣下の距離にしてはあまりにも近すぎます。騎士のほうも当然それを心得ておりましたが、身を引くその動きの中に普段とは違うもの、迷いに似た何かが混ざっておりました。それが彼の行動を普段より遅くさせたのですが、姫はそのわずかな「間」に飛びつきました。
「あ…あのっ!スイーパーさんっ!」
「は…」
「一人で練習するのは難しくて…。だから…お…踊って下さいますか?」
「姫…!」

ワカバ姫のその言葉に騎士はとても驚いた様子でした。けれど今度は間を置かずに、さっと身を進めました。騎士は姫の正面でゆっくりと一礼しました。姫は騎士に微笑みかけてドレスのすそを両手でつと上げました。そして二人は同時に一歩寄ると、腕を組み敷石の上を踊り始めました。



さてここでは『S+騎士とワカバ姫のワルツは物語のように華麗だった』と書きたいところです。けれど事実は残念ながらそうではありません。ヒッセン王国のパブロ姫のステップは『蝶が舞うように美しい』と称えられていますが、ワカバ姫がそうなる為にはもっと積極的に舞踏会に出る必要がありました。キラキラ王国のミスリル王子(氏)のステップは『ちょっとキモイくらい軽やか』と称えられて(?)いますが、踊りについて貴族※のたしなみ程度のS+騎士はそれにはとても及びません。
(※階級が高い騎士=貴族階級という設定)

一回目は、上手には踊れたとはとても申し上げられません。ワカバ姫は、自分の腰に騎士の片手が添えられた瞬間、砥石のように緊張してしまったのです。ですから、ステップの順番はすっかり忘れるわ反対に回るわで、顔から火が出そうな結果になってしまいました。

二回目は、騎士のほうが途中で足を止めてしまいました。騎士は「申し訳ございません」とすぐに謝りましたが、その柔らかい口調に姫は「あれ?」と目をパチクリさせました。騎士がわざと間違えたのかどうか、それを確かめる事は重要ではありません。それよりも大切なのは、その結果姫の気持ちが一回目よりずっと楽になったと言う事です。

ここで、ワカバ姫の気持ちを更にほぐすような事が起こりました。
「…このっ…どうして…こう…!」
怒声のようなうめき声に振り返ると、そこではA+騎士(ホット姐さん)がA騎士(ガロンさん)とホールド(ダンスの組み合い)をしていました。
「ワルツの基本は三拍子、いち…にい…さん…だと思うんだけどね…」
A騎士(ガロンさん)が、表情を変えずに淡々と呟きます。
「…こっ……いち…にっ!」
けれどA+騎士(ホット姐さん)の足先は、なぜか10回に9回くらいA騎士(ガロンさん)の足を踏みつけるのでした。

「ホットさん、ガロンさん…がんばって!」
ワカバ姫は二人に手を振って笑いました。
「このっ…このっ…こここ…このぉっ!」
「いち…にい…さん…」
「ガロン…」
S+騎士(スイーパーさん)は、親友でもあるA騎士(ガロンさん)の姿(苦行)に同情の笑みを投げました。普段よりずっと気を許しているその表情を見て、ワカバ姫の顔はぱぁと明るくなりました。



S+騎士(スイーパーさん)とワカバ姫のダンスの三回目。二人は見上げる視線と見下ろす視線を合わせると、敷石の上に足を踏み出しました。音楽はありませんでした。そのかわり、お互いの呼吸と目配せでワルツのステップを踏みます。歌声はありませんでした。そのかわり、二人の頭の上では満点の星がいっせいに輝きを増しました。観客はありませんでした。そのかわり、参謀(シャープくん)が手を軽く叩きながらマシュマロのような体を揺らしています。

「いち…にい…さん…」
姫は、ワルツのステップを小鳥のように口ずさみました。そしてその音が、自分の中でひとつの音楽のように編まれていくのを感じました。
「そう…そこで引いて…回って…」
騎士は、姫の声にタイミングを合わせて囁き、腕を引きまたは横に流して先導(リード)しました。

ワカバ姫はこれまで沢山の先生にダンスのステップを教わりましたが、ワルツがこれほど心躍るものだとは知りませんでした。足りない歩幅も回りきれない回転も、すべて補い助けてくれる相手がいるというのは何という喜びでしょう。
「ああ…見て下さい…っ!」
ワカバ姫は体を横に流しながら、空からこぼれ落ちそうに輝いている光を見上げました。
「星が…!」
騎士の声が、姫の言葉の後ろに重なりました。姫のドレスが花の円環を描き、騎士のマントがその軌跡を追って包みます。そっと静かに、城の誰も起こぬよう密やかに、星空のワルツは音のない音楽を奏で続けました。



「踊れ…ました…っ!」
ワカバ姫は息を切らしながら、幸せで一杯になった胸を両手で押えました。
「うまく言えませんが、とにかくとても…」
S+騎士(スイーパーさん)は、姫の瞳をじっと見つめていましたが、ふと自分以外の臣下の気配に気付いてさっと身を引きました。

「姫、良かったよ!」
「うん…今のは…」
「なかなかどうして、素晴らしかったぞ!」
A+騎士(ホット姐さん)とA騎士(ガロンさん)と参謀(シャープくん)が、そろって手を叩きます。

「姫…これなら……。これならミスリル王子(氏)と踊っても、問題ないでしょう」
「スイーパー…さん…?」
S+騎士の優しい声は、その優しさゆえにワカバ姫の心を瞬時に凍らせました。
「そ…そう…ですね…」
姫はその身と声を震わせました。騎士は姫の目に浮かんだ涙を知ってか知らずか優しい口調で諭します。
「隣国の王子(氏)は、とても心が温かい方だと耳にしております」

ミスリル王子(氏)が迎えに来る。そして隣のキラキラ王国に嫁ぐ。その道に一度乗ってしまえばそのまま真っすぐに進む事でしょう。
「ああでも…でもっ!」
姫は、胸を突く痛みを両手で押えました。
「それは聞いてます…でもっ!」
そこには、他の誰よりも尊い存在である騎士はいないのです。この姿も声も、すべて自分から遠い遠いところに行ってしまうのです。それを心の底から理解したその瞬間、ワカバ姫の心は別の道を指し示しました。



「私にはできません!隣の国には…行けません…っ!」
「ワカバ姫…!?」
S+騎士(スイーパーさん)は息を飲みました。姫が放った言葉の意味を理解しようとしましたが、すぐにはすべてが掴めません。知将としても広く知られる彼が、これほどまで言葉を失うのは珍しい事です。

動きを止めたS+騎士のかわりに、その奥に控えていた参謀(シャープくん)がつと前に進み出ました。
「姫にお訊ねしたい。そのお言葉、本心と見て間違いないか?」
「シャープさん…?」
ワカバ姫は戸惑いの目を相手に向けましたが、次には大きくうなずき返しました。
「これが、私の本当の気持ちです」
「ならばこれを。これは、両陛下よりこの時満ちるまでお預かりしたもの」

ワカバ姫は、うやうやしく捧げられたそれを見て「あっ!」と目を丸くしました。それは、紛うことなく国王と王妃の※勅書(ちょくしょ)※でした。
(※法や臣下や形式を通さずに直接命令を下す時の書状の事)

それはワカバ姫に『密かに城を出てしばらく身を隠すよう』告げていました。またS+騎士(スイーパーさん)に『ワカバ姫の側から離れず護るよう』命じていました。勅書には、王刻印の他に、直筆も記されています。

   王さま『ワイの顔面偏差値C+とか、カサカサ絶許っっっwww!』
   王妃さま『駆け落ちとか大好きなのですよっ!』

どうやらこれが、王さまと王妃さまの本当のお気持ちのようです。



S+騎士(スイーパーさん)は、黙ったままそれを見つめていましたが、つと身を正すと聖剣(ジェットスイーパー)の柄を握り、そしてそれをスラリと鞘から抜き放ちました。
「王命により、ワカバ姫を城外へお連れする!」
剣先を天に真っすぐ掲げるその姿勢は、王国の騎士に古来から伝わる『誓いの儀式』です。

「ならばっ!」
A+騎士(ホット姐さん)とA騎士(ガロンさん)も剣の柄に手をかけました。
「待て!」
S+騎士が放った声がそれらを即座に押さえます。
「城内にて待機せよ!」

「一騎駆け!?アンタ正気かいっ!?」
片手の拳を握りしめたA+騎士(ホット姐さん)の肩をA騎士(ガロンさん)が押し止めます。
「キラキラ王国は、財力にものをいわせて傭兵を大勢、雇っているね…」
その言葉にS+騎士は大きく頷きました。
「傭兵軍に対して騎士団が動けば、必ず大きな争いになる」

「大きな…争い…」
ワカバ姫は、怯えと恐れがざあっと全身に走るのを感じました。訓練や模擬戦ではない本当の剣と剣の戦い。そこでは誰かが傷つきまたは命を落とす事は避けられません。
「そうは、させません」
S+騎士(スイーパーさん)のその呟きは、ワカバ姫にまっすぐに向けられたものでした。

最初に彼は、参謀(シャープくん)に、何事かをひとつふたつ指示(相談)しました。参謀(シャープくん)は、懐から飴を取り出してそれを確かめるように口の中に入れました。
「了解した。必ず近日のうちに…」

次に彼は、A+騎士(ホット姐さん)とA騎士(ガロンさん)に声をかけました。二人は、横並びで同時に大きく頷きます。
「ここは必ず…」
「城の守りは、任せな!」

そして最後に彼は、ワカバ姫の前に立ちました。姫は、突然の状況の変化に戸惑いつつも相手を真っ直ぐに見つめました。
「騎士さま…」

S+騎士は、その場で片膝をつき頭を垂れました。
「ワカバ姫、私の命にかえてお護りします」

◇NEXT『山小屋の夜』
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【素敵お題】スイーパーさん(騎士)×ワカバちゃん(姫)Part-1

※緑チームシリーズNANAさま(2016.01.11)のツイート『そんなわけで、残念王子と無理矢理結婚させられそうになるワカバ姫を救って駆け落ちする騎士スイーパーさんの話ください』より
※三次創作&緑チーム本編とは設定(世界)が大きく異なるパロディになります
※NANAさま騎士×姫イラスト&ツイートのお話(2016.01.24)の前にプロットを切って(お話の筋書きを考えて)しまった為、1.24ツイとはお話の展開が異なる点どうぞご容赦ください。というかNANAさまの騎士×姫ツイをまだ見ていない方は見に行く事を推奨『早くしろ−!間に合わなくなっても知らんぞ〜!』by野菜王子
※NANAさまツイの他、騎士×姫関連のツイ(大変萌えた)を参考に文章を練らせて頂きました
※筆者の王国騎士ファンタジー系の知識はぶっちゃけ付け焼刃です。色々な階級(S+〜B)の騎士が登場しますが、ほとんど1話のみですので「S+騎士=スイーパーさん」とだけ記憶して頂ければ幸い
※スイーパーさん、今回は騎士属性(騎士として対峙する時には普段と口調が変わるところがあります。件についてはNANAさまとツイにて確認済。でも騎士としてのセリフは当初予定していたより少ないです)
※ワカバちゃん、今回はお姫さま属性(姫カワイイよ姫)
※全四話の予定です(ゆっくり更新)



◆Part-1『ワカバ姫とS+騎士』

とある時代のとある国のお話です。
「カガミよカガミよカガミさん…」
ミスリル王子(氏)は毎朝、鏡に向かってそんな言葉をかけておりました。
「この世で一番美しいのは…もちろん、このボクさ!」
瞳を星のようにキラキラと輝かせ(通年)一面に鏡を張りめぐらせた部屋でクルクルと回ります。

「王子、またこのような場所でっ!」
大臣(モブ)がカナキリ声を上げました。
「これをご覧くだされ!」
ミスリル王子(氏)は差し出された書状にざっと目を通しましたが、はんっと鼻で笑うと首を横にふりました。
「政治?そんなことより、ボクのどんなところが素敵か述べる会議をしようじゃないか!」

王子(氏)は自分の美しさ(自称:顔面偏差値S+)と世の中のガール(女の子)以外はまったく興味がありません。このキラキラ王国はショッツル鉱山で採れる財源(宝石※)のお影で大変裕福でしたが、それもこれもこのような暴挙が続けばどうなる事かわかりません。(注※ゲーム中のシオカラーズコメでは宝石は採れないらしいです)

「ああ…どうしたものか…」
足取り軽く(カサカサ)立ち去る王子を見送りながら、大臣(モブ)は頭を抱えました。拍子に書類の束から一枚の絵姿(ブロマイド)がヒラリと床に落ちました。
「これは!?おおっ…なんと麗しい…っ!」
大臣(モブ)は両手でそれを拾い上げました。そこには隣国の姫君が優しく微笑んでおりました。



ワカバ姫(ワカバちゃん)は、窓辺に立ってほうっと息をつきました。この王国は騎士団で形成されています。その武力の高さは、相手に最初から戦いを挑もうとする気持ちを起こさせないほどでした。(勝てる気がしない)このように強い国に生まれながら姫自身は争いや戦いを好まず、気安く話しかけられる事を許し、また誰にでも名前の後に〜さんをつけて話しかけていました。ふわふわのドレスに身を包んだその姿は可憐な花と称えられていましたが、なにより美しいのはその愛らしい笑顔と優しい心でした。

「姫、間に合ってよかったね!」
侍女(ザップちゃん)がその隣で明るい声を上げました。一般には侍女はこのような口の聞き方をしませんが、その理由は上に記した通りです。
「うん、ザップちゃん!」
ワカバ姫はコックリと頷きました。姫はこの窓辺に立つのが一日で一番の楽しみでした。両開きの窓をできるだけ大きく開き、王国の騎士や騎士兵たちが訓練に励んでいる姿を見下ろします。
「ワカバ姫!」
「姫!」
隊列を作って走る時の掛け声や号令が、姫への歓声に変わりました。騎士たちにとっても愛らしい姫の姿を見る事のできる機会は大切な時間なのです。
「みなさん…がんばって!」
ワカバ姫は窓から手を振りました。

「お嬢ちゃん!この城はアタイらが守るから安心しなっ!」
ホット姐さん(A+階級騎士)が勇ましい声と同時に名剣(ホットブラスター)をかかげました。
「ホットさん…いつもありがとう!」
「姫ぇぇぇぇ〜!」
ヒーローくん(B階級騎士)が両手を大きく振っています。
「ヒーローさん、よろしくね!」
今日は訓練の中でも特別な日、高ランク(階級)の騎士たちが一堂に会する日なのです。



城の踊り場と城門の見張り台を、城壁通路(内壁)が真っすぐに繋いでいます。その通路の上に二つの人影がありました。そのうち一人はガロンさん(A階級騎士)です。そしてもう一人の姿を目にした時、ワカバ姫は小さな声を上げました。国王より賜った聖剣(ジェットスイーパー)を手に、真っ直ぐに前を凝視しているその人はS+階級騎士(スイーパーさん)です。最高ランクの称号を有する彼は、騎士団の中でも特別な存在でした。

ワカバ姫は城内の誰にでも気さくに声をかけていましたが、S+騎士だけはその名前を小声で呼ぶのが精一杯で、これまで励ましの言葉をかけた事がありません。姫は彼を怖がっているのでしょうか?いいえとんでもありません、その反対です。S+騎士こそ、姫がこの窓辺に立つのを楽しみにしている理由の大半なのです。彼の姿を目にした途端、姫の鼓動は高く速くなり、顔には紅が射し、肩は震え、声は喉の奥に隠れるのでした。

「今日は、今日は絶対…っ!」
ワカバ姫は決意を胸に秘めておりました。今日こそS+騎士の名前の後ろに励ましの言葉をつける、と。『ごきげんよう』は不自然でしょうか?では『がんばって!』は?これならごく自然ですし具合がよさそうです。
「がんばって…っ!」
姫は大きな声を出す練習を始めました。



城壁通路ではS+騎士(スイーパーさん)とA騎士(ガロンさん)が、通路にシールドを張る練習をしていました。
「やはり直角か?」
「いや、場所によっては…」
二人は場所を変え角度を変えて何度も効率的な方法を探します。

「ねえねえ〜!」
「コレなに〜!?」
身張り台の暗がりから声がしました。見るとそこには双子の見習い騎士が座り込んでいます。
「こらこら君たち、そんな所にいるのは止めときなさいね…」
A騎士(ガロンさん)は、見習い騎士のほうにかがみ込みました。
「それは大事な時に押すものです」
S+騎士(スイーパーさん)は、A騎士の言葉に具体性をつけ足しました。見習い騎士たちの間には「P」の刻印が入ったスイッチがあり、その台座には『押すなよ!絶対に押すなよ!』という警告文が刻まれています。

「は〜い!」
「わかった〜!」
その素直で大きな返事に騎士たちは満足して通路に戻って行きました。見習い騎士たちは、スイッチの前に再び並んで座ります。
「でもさ〜あんちゃん」
「なんだよ〜!?」
「大事な時って今じゃない?ワカバ姫が来てるんだもん」
「それは…そうかもな!」



「さて、そろそろお手合わせ願おうかな?」
A騎士(ガロンさん)は手にした名剣(52.ガロン)を軽く振ると、体を相手にまっすぐに向けました。彼はAランクの称号ですが、それ以上の称号を受ける事を頑なに辞退していて、未だにA+騎士(ホット姐さん)と同じ編隊にとどまっています。称号辞退の理由について彼は誰にも語らず、それは城の七不思議のひとつになっています。
「望むところです」
S+騎士(スイーパーさん)は、親友でもある対戦相手に敬意を表して剣を胸の前に掲げました※(※この王国の騎士の正式な儀礼)

とその時です。
「す…スイーパー…さぁん!」
頭の上で、澄んだ声が響きました。
「ワカバ姫!?」
振り返り城の方を仰ぐと、窓から身を乗り出さんばかりにしている姫の姿が見えました。侍女(ザップちゃん)がその腰を必死に掴んでいます。
「が…が…がんばって…っ!!」
その声を聞いて相好を崩さない(顔をほころばない)でいられる者は恐らく誰もおりません。
「姫…!」
S+騎士も例外ではありませんでした。けれど次の瞬間、彼はそれとはまったく別の理由で表情をガラリと変える事になりました。
「え…」
なんという事でしょう!城壁通路の床という床が、瞬きの間にすっかり消えて無くなったのです。おお、お助けください!その下は満面に水をたたえた水堀です。
「そんなぁぁぁ〜!」
S+騎士はあらがう術を持たず、そのまま水の中に落ちていきました。

「スイーパー殿が、また水没しておられるぞ!」
「どうして落ちるんだ、あの人はっ!」
「ガロン殿も一緒だっ!」
「どうして不憫なんだ、あの人はっ!」(知ってた…)

訓練場は、蜂の巣を突いたような騒ぎになりました。その原因は、改めて言うまでもなくあの『Pスイッチ』。あれは城壁の仕掛けを作動させるものなのです。
「あ…あんちゃん…」
「ど…どうしよう…」
双子の見習い騎士は顔を見合わせました。申し遅れましたが、彼らの名前はアルファくんとベータくんといい、立派なスクイックリン騎士になる為に修行中です。どうやら因果というものは、世界線が変わってもなかなか揺るがないもののようです。



「た…たっ…大変っ!」
ワカバ姫はオロオロと窓の外を見つめていましたが、はたと我に返ると部屋中の綿シーツやブランケット(毛布)をかき集めて両手に抱えました。
「姫っ!お待ちくださいっ!」
部屋の外に走り出ようとした姫の前に、侍女(ザップちゃん)が立ちはだかります。彼女は姫の両肩をそっと掴むと、囁くような声で続けました。
「ワカバ姫、気持ちはわかるけど、それは流石にダメだよ…」
「で…でも…スイーパーさんが…っ!」
「これは、かわりの者に任せるから…ね?」
「うん…」
ワカバ姫はその小さな肩をガックリと落として、抱えていた布類を侍女(ザップちゃん)に手渡しました。S+騎士さまは今頃びしょ濡れに違いありません。けれど何もしてあげられないのです。姫は、自分の身分と立場を身にしみて感じました。もし時代や世界が違ったら、濡れた体を拭いてあげられたでしょうか?



その日の夜、ワカバ姫の身に昼間の出来事が小さく思えるような、それこそ天地が引っくり返るような事が起こりました。それは、隣国のキラキラ王国から届けられた一通の書状でした。
「あの…こ…これは…!?」
ワカバ姫は最初それが何を意味しているのか、まるでわかりませんでした。書状には挨拶文や装飾語が多分に含まれておりましたが、簡単に流れを記すと下の通りになります。

  一. キラキラ王国の財源の豊かさ
  二. それを生かす為には誠実さや真面目さが我が国には不可欠である
  三. ワカバ姫の誠実さ真面目さ(料理や手芸などの作品への賛辞含む)を称える文
  四. キラキラ王国民は老いも若きも新しい王妃の誕生を喜んで迎える準備がある
  五. キラキラ王国のミスリル王子は(豊富すぎる)愛情深い人柄である

「ワカバ姫、恐れながら…」
自国の大臣の一人が、ワカバ姫にうやうやしく頭を下げました。
「キラキラ王国のミスリル王子は、姫を王妃にと切望されておいでです」
「姫!これは決して悪いお申し出ではございませぬぞ!」
「しかし、あの国のあの王子は…」
「待て!あの国の鉱山は…」
大臣たちはささと奥に引くと、姫の立場には関係がありますが、姫の気持ちにはまったく触れない相談を始めました。

「私が…隣の…国に…?」
ワカバ姫は、ただもう呆然として書状を見つめる事しかできませんでした。

◇NEXT『星空ワルツ』
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【素敵お題】スイーパーさんを傘持って合羽着て迎えに行くワカバちゃん
※NANAさまのツイート(2015.12.21)『野良戦終わって帰る頃に雨が降り出して、帰れなくなったスイーパーさんを、傘持って合羽着て迎えに行くワカバちゃんください』より。その他の関連ツイートもあまりにも萌えすぎです!…という訳で「ま た お 前 か」です。7400文字程失礼します〜。

※水に落ちると溶けてしまうインクリングたちにとって雨粒が害であるか?についてですが、個人的には「雨に当たれば即死亡」とまではいきませんがやはり「当たったらコワイ!」という感じで想像しています。(冒頭でザップちゃんがワカバちゃんを心配してるのもその為)

※実は雨合羽を着ているワカバちゃんは、傘からの肩の飛び出しを過度に気にする必要はないのですが、その事実は既にメキシコォされましたのでご安心下さい。

※ワカバちゃんがスイーパーさんとの距離感にドキドキしてるだけ




その日の夕方、ハイカラシティに誰も予想できなかった事が起こりました。

「ふぁぁ〜…!ビックリしたぁ〜!」
「ホント、ちょ〜トツゼンだったね!」
ワカバちゃんとザップちゃんは両腕に洗濯物を抱えたまま、ほとんど同時にシェア室(シェア・ルーム)に座り込みました。
「よかったぁ…濡れてない…」
ワカバちゃんは、真っ先に手を伸ばして取りこんだ白いシャツを両手で掲げると、ほっと息をつきました。

「ザップてめェなにギャーギャー騒いで…うぉっ雨かっ!?」
ローラーくんは、階段の奥から顔を覗かせるなり大きな声を出しました。窓ガラスの外に無数の白い線が走っています。
「マジかよ、めっずらしいな〜!」
「天気予報ではちょ〜晴れだったよ!」
「うっひゃっひゃっ〜!メガネざまァ〜!あいつ今日、野良じゃねェか!」

「ローラーくん、それホント!?」
ザップちゃんはサッと顔色を変えてローラーくんに詰め寄ります。
「あ…あのっ…スイーパーさん…傘持ってた?」
ワカバちゃんも、その反対側から駆け寄ります。
「クソメガネの持ち物なんざ、オレが知るワケねェだろ…」
二人のガールの眼差しの熱さに、さすがのローラーくんも押され気味になりました。
「ただ今日のコレは誰にも読めねェよな…」

ワカバちゃんはその言葉にビクリと肩を震わせました。すぐにくるりと反転して走り出しましたが、戸口のところで、後ろから追いついて来たザップちゃんに捕まります。
「ちょっと!ワカバちゃんドコ行く気!?」
「イカスツリーに…迎えに…!」
「ワカバちゃん、ダメだかんね!」
ザップちゃんは、ワカバちゃんの両肩を上から押えるように掴みました。
「こんな冷たい雨の中に!」
「で…でも、スイーパーさん帰れなくなって…きっと困ってる…」
ワカバちゃんは、肩を震わせながら大きな両目に涙をにじませます。

「だから、そのまんまじゃダメだかんね…」
ザップちゃんは、ワカバちゃんのいじらしい程ひたむきな目を見て少し声のトーンを落としました。
「雨合羽着て、ちゃんと靴も変えて、傘持って…それから行かなきゃ…」
「ザップちゃん…!」
ワカバちゃんはこっくりとうなずくと、ザップちゃんの言う通り、靴を雨靴(レイニーアセロラ)に履きかえ、雨合羽(ポンチョ風カワイイ)を羽織り、一番大きな傘を一本手に取りました。
「ありがとう…!」
「スイーパーさんに電話しとくからね!」
ザップちゃんは、ワカバちゃんが大きく手を振って扉の外に消えるまで見送りました。

ローラーくんは、ガール二人の様子を横目でチラチラ見ながらシェア室の中央で体を伸ばし、『ワカバちゃんに心配かけてんじゃねェよ』『てかメガネ少しは弱れ!』などと一人でぼやいていましたが、突然ガバッと跳ね起きました。
「オイ待て、傘一本でど〜すんだよ!」
「ちょっとローラーくんっ!」
ザップちゃんは、ローラーくんに掴みかからんばかりの(人速ガン積みの)勢いで寄りました。
「それを、早くいいなさいよ!」
「オレも今、気づいたんだよ!」
「だから〜!もっと早く気づいてよ〜!」
「ムチャいうな!くっそ…オレも行くか…」
「ローラーくんが出しゃばると、ちょ〜メンドウになるからダメ〜!」
「んだとコラァ〜!」
「だいたい、あんたはいつもね〜…!!」
二人は、そのまま口げんかに突入しました。



そんな事になっているとは露知らず、ワカバちゃんは特に大きな問題もなくイカスツリーに到着しました。
「ふぁぁぁ〜!?」
そこには沢山のインクリング(イカ)たちが、立ったり座ったり壁に寄り掛かったりしていました。ロビーにいるその数といったら、ワカバちゃんがこれまで見た事のない程でした。けれどよく考えてみれば、普段広場にいる人と対戦を終えて出て来た人がみんなロビーに集まって雨宿りをしているのですから、この密集状態も無理はありません。広場ではクラゲさんたちだけが、久しぶりの雨の中、どことなく楽しそうにフヨフヨ歩いています。

「そ…そうだ連絡…!」
ワカバちゃんはイカフォン(携帯)を取り出して、スイーパーさんの番号をコールしました。実は傘の本数の失敗以外に、慌てていたワカバちゃんはある間違いを起こしていました。ザップちゃんの「スイーパーさんに電話しとくからね!」を「スイーパーさんに電話するのよ!」と聞き違えていたのです。このほんのちょっとした勘違いが、こういう時にどんな影響を及ぼすかは終わってみないとわかりません。
「……あれ?スイーパーさん…お話し…中…?」

ちょうどその時その瞬間、スイーパーさんはザップちゃんからの電話を受け取っていました。
「ワカバちゃんが!?本当にっ!?」
スイーパーさんの驚きは、思わず問いを繰り返すほどでした。
「……わかりました。それならもうこちらに着く頃だと思います。…ありがとうザップさん…」
スイーパーさんは通話を切ると、イカフォン(携帯)の画面をしばしじっと見つめ、
「この中を…」
広場にゆっくりと視線を移しました。雨は止む気配なくコンクリートの上をザアザアと流れ続けています。

「スイーパーくん、お迎えかい?」
ガロンさんは、スイーパーさんの隣で壁にもたれていましたが、広場に視線を向けました。今日は親友同士の二人で組んで野良試合に出ていたのです。戦績はごく控えめに行っても「チョーシサイコー」でしたが、一日の運気を総合的に見ると、どうもそちらのチョーシがあまりにも良すぎたようです。

スイーパーさんは、ガロンさんの問いに大きく頷きました。
「ワカバちゃんが…傘を…」
スイーパーさんの表情は複雑でした。迎えに来てくれるその気持ちはもちろん嬉しいのですが、もし万が一ワカバちゃんが転びでもしたら、そして雨に濡れるような事があったら、そう思うと心配せずにはいられません。

「時間的には、もうここに着いてる頃だといったね。でもこの人ゴミの中で一人を見つけるのは難しいから、ここでじっと動かずにいて、通話して位置を確かめ合ったほうがいいよ」
ガロンさんは、どちらかというと現実に即した考えの持ち主のようです。
「僕も、それが正解だと思う」
スイーパーさんは、再び頷きました。
「じゃ俺はツリーの奥で、雨が止むのを待つよ」
「そうか…ありがとうガロン」
「んじゃまた…」
ガロンさんは割合あっさりと去って行きました。(どちらかというと物事にあまり深く介入しないようです)
「ワカバちゃん、どこにいるんだ…」
スイーパーさんはひとつの名前を呟くと、番号を素早くコールしてイカフォン(携帯)を耳に当てました。

「ふぁぁっ…!?」
ワカバちゃんはイカフォン(携帯)の着信音に飛びつきました。ザップちゃん?それともスイーパーさん?
「あ…あのっ!も…もしもし!」
けれど、ワカバちゃんの耳に届いたのはこんな音でした。

  ボンジュール! ボクの天使ちゃん 妖精ちゃん いかがお過ごしかな?
  今日は 美しいボクが登場する 夢のようなステージを キミたちに 特別に教えてあげるよ
  みんな メモの用意はいいかな? 明日の……プツンッ!

どうやら無作為に発信される録音電話だったようです。ワカバちゃんは心の底からガッカリしました。通話中止ボタンをもう一度押すと、怪しい着信履歴を跡かたも無く消去します。そして、
「スイーパーさん…どこ?」
ふうっと深いため息をつきました。

その時その瞬間、スイーパーさんも落胆の息をついてました。
「通話中…いったい誰と!?」
ザップさん?それともローラー?またはその他の誰か!?この時ほんの一瞬でしたが、スイーパーさんの心の中にザワリとしたものが走りました。それが何であるのかスイーパーさん自身にも名前をつける事はできませんでした。またそれに真正面から向き合う時間の余裕もありません。もう一度コールしようと指を伸ばしたスイーパーさんは、イカフォン(携帯)の画面に息を飲みました。

  タダイマ…ジッサイ…トテモ…デンワ…コンザツ…ジカンオイテ…カケナオス…セイカイ

緊急発信された「混雑による通話禁止」情報です。これでは話す事ができません。イカスツリーのロビー全体がにわかに騒めき始めました。身動きが取れない困惑状態にこの追い打ちでは流石にたまりません。

「スイーパーさん…」
ワカバちゃんはイカフォン(携帯を)しまうと、視線を左右に大きく振ってたった一人の姿を探しました。けれど見つかるはずもありません。この瞬間、歩きまわるのはとても危険な事でした。人々がそれぞれ違う方向に進み出す時は、ぶつかる可能性が極めて高くなります。ワカバちゃんの足は、最初の一歩ではたと止まりました。

  ワカバさん 場が混乱している時は 一度 下がってみてください…

いつの事だったか正確には思いだせませんが、それはナワバトに対するスイーパーさんの助言でした。

  壁際にそってあたりの状況を見てください むやみに進むより そのほうがきっと状況が見えてくる…

ワカバちゃんは、スイーパーさんの言葉を口の中で繰り返しながら、壁際までじりじりと下がりました。そしてその行動が、ひとつの偶然を生み出しました。
「ワカバちゃん!?」
ワカバちゃんはその声に、弾かれたように振り向きました。そこにはずっと探していた人の姿がありました。
「スイーパーさん…!」
人と人の壁に隠され阻まれていましたが、二人はずっと近くにいたのです。



「良かった…!」
スイーパーさんのほっとした表情を見て、ワカバちゃんの心の不安は消し飛びました。
「スイーパーさん、傘ですっ!」
ワカバちゃんは、スイーパーさんに持って来た傘を差し出しました。
「ワカバちゃん、本当にありがとう…」
スイーパーさんはそれを確かめるようにして受け取ると、早速、吹き抜けの外気(広場)にその先端を向けました。とその手が途中でピタと止まります。
「ところで、ワカバちゃんの傘は?」

「ふはあぁぁ〜…!?」
ワカバちゃんの全身に電撃のような後悔が走りました。今スイーパーさんが手にしているのはワカバちゃんがここまで差してきた傘です。それを渡してしまったら手元には何も残りません。まさに痛恨のガチ忘れです。
「じゃ一緒に入ろう」
スイーパーさんの口調は、ナワバト中に「じゃあここを塗ろうか」と言う時くらいに事もなさげでしたが、それはワカバちゃんの心と体を同時に飛び上がらせるのに十分すぎる威力がありました。

「わ、私は合羽着てるから大丈夫です!!」
ワカバちゃんは雨合羽のフードを両手で頭に被せました。けれどそれはカワイイデザインを重視している為、雨から頭を完全に防ぐには少々丈が足りていません。スイーパーさんは何も言いませんでしたが、肩越しに振りかえった彼の視線はその不備を明らかに指摘するものでした。

「う…」
ワカバちゃんは、スイーパーさんが傘を閉じてこちらに向き直ったのを見て思わずおののきました。
「こ…これ、雨合羽…!もう…濡れちゃってます…!すごく近くに行ったら…スイーパーさんのふ…服がっ…!」
混乱中のワカバちゃんは、ボムラッシュのように単語を連発して逃れようとしました。

「ここまで大変だったね」
スイーパーさんのその労わるような口調に、ワカバちゃんの言葉が止まりました。彼はタオル(イカスツリーで臨時配布中)を取り出すと、ワカバちゃんの頭と肩を順にポンポンと拭き始めました。
「……!」
ワカバちゃんの全神経は、働く事を完全に放棄しました。スイーパーさんは手早く、石像のように固まったワカバちゃんの背中まで水気を拭き取ると、かがんでいた姿勢を真っ直ぐに伸ばしました。
「これでいいかな?」
濡れてるなら拭けばいい。確かに答えとしては間違ってはいません。
「あ…う…」
ワカバちゃんの頭と心の中は、ただもう顔から火がでそうな気持ちでいっぱいでした。とはいえこれが「イヤか?」と問われれば決してそうではありません。もはや何が正しくて何が間違っているのか、それすらわからなくなってきました。

「じゃ…帰ろう」
スイーパーさんは再び傘を取りだして広げました。断る理由を失ってしまったワカバちゃんはその隣におずおずと進むより他ありませんでした。一見すると怯えているようなその仕草の裏では、心の中のドキドキが一層高く鳴り始めていました。

イカスツリー前の混雑と混乱は、当初と比べてかなり解消していました。諦めてツリーの奥に向かった人、傘を入手して帰った人、また壁際に座り込む人。各自これからどうするかある程度目安がついたのでしょう。広場にも傘を差して歩くインクリングの数が増えてきました。

ワカバちゃんは、スイーパーさんの隣(半身くらい後ろ)を歩いていましたが、自分ひとりで歩くより進むのがぐっと楽な事に気がつきました。実はここにくる途中、普段より高速でフヨフヨ歩いているクラゲさんたちにぶつかりそうになり、何度かごめんなさいをしたのですが、スイーパーさんはそれすら難なく避けていきます。彼は事もなさげにやっていますが、基本的な空間把握能力が低い人ではこうはいきません。
  ふぁぁ〜…スイーパーさん、やっぱりすごいなぁ…
ワカバちゃんの心のドキドキの中に、尊敬の気持ちが混じりました。



二人は広場を抜けて横の小道に入りました。片側が線路その反対側がビルの壁になっています。人影はまばらになり、電車の発車音や稼働音がシトシト雨の音に時折混ざって聞こえてきます。スイーパーさんはここまでずっと黙っていましたが、歩く速度をほとんど立ち止まるくらいにまで落としました。
「ワカバちゃん、もう少しこっちに寄ってくれるかな?」
「ふぁっ…!?」
ワカバちゃんは、沈黙タイムをドキドキしながら味わっていましたが、投げ込まれた言葉に胸をドキリとさせました。
「でないと肩が…」
もっと寄らないと傘の円周から飛び出して濡れてしまう。だから密着する。確かに指示としては間違ってはいません。チームリーダーでもあるスイーパーさんの指示の精度は高く、ワカバちゃんはいつも素直にそれに従っています。

「は…はい!」
ワカバちゃんはスイーパーさんのすぐ側に寄ろうとしました。けれどどうした事でしょう足が上がりません。自分でもその意味がわからずにただ両目をパチパチさせるだけです。
「なんで…?」
ワカバちゃんは必死に自分の心に問いかけます。大好きなスイーパーさんに近づけば近づくほど嬉しいはずなのに?あと一歩、いえあと半歩進めば良いはずなのに?実はその答えは傘の形にありました。その円周の中に二人できちんと収まる為には密着しなければいけません。ワカバちゃんが普段心地よいと感じている距離より、それはほんの少し近すぎるのでした。

辺りは夕方の独特の静けさの中に沈み込み、電車の発車音だけが遠くに響いています。いつの間にか二人の足は完全に止まっていました。そしてこれもまた無意識の仕業でしょうか?傘の柄を中心にして、正面から向かい合う体制になっています。
「うう…」
ワカバちゃんは思わず視線を落としました。ちょうど目の高さにスイーパーさんの青いネクタイがあります。何を見つめてよいものか到底わからず、とりあえずネクタイのタイピンに視線を集中させました。ワカバちゃんの心臓は、はじめてナワバリバトルの時のようにドキドキと高く鳴り続けていました。

ふっと空気が動く気配がしました。それは触れるか触れないかの感触でした。ワカバちゃんの雨合羽のフードが後ろに向かってふわりと脱げました。

  …スイーパーさん!?

驚きがあまりにも大きな時は、言葉を出すのは難しいものです。まさに今がその時でした。これは一体どういう事でしょうか?単純に傘の骨にフードがひっかかりそうだった?それともうつむいているワカバちゃんの様子を心配した?それとも他の何か?顔を上げれば、そうスイーパーさんの顔を見ればそこに答えがあるはずでした。けれどワカバちゃんはそうする事ができませんでした。身も心も震え続けています。

  スイーパーさん…ずっと黙ってる…?

ふとひとつの疑問が心をよぎりました。

  もしかして近寄るの…イヤがってるって…勘違いして…!?

「わ…私、イヤとか…そんな事、絶対ないです…!」

ワカバちゃんは思わず顔を上げました。その先には、困惑や苛立ちとは無縁のもの、普段と少しも変わらない優しい表情と青い目がありました。
「あ…」
ワカバちゃんの心の中に、ふっと一つの感覚が触れました。それはスイーパーさんからもらった(古代生物の)ぬいぐるみをギュっと抱きしめる瞬間にとても良く似ていました。くすぐったいような包み込まれるような不思議な愛しさでした。
「スイーパーさん…!」
ワカバちゃんは考えるよりも先に、スイーパーさんのすぐ側に、ほとんどネクタイに額が触れるくらいにまで踏み出していました。

とその時その瞬間、
「うぉぉぉぉ〜!」
これまでここにはなかった騒音が、後方から響いてきました。
「ふぁぁ〜!?」
思わず振り返ったワカバちゃんのすぐ横を、パブロを持ったボーイがものすごい勢いで走り抜けます。それは思わずあっけに取られるくらいの速度でした。恐らく人速ギアをこれでもかというくらい詰んでいるのでしょう。
「ば・く・は・つ・し・ろぉぉぉぉぉ〜!!」
パブロボーイは、謎の言葉を甲高く叫びながら、通りの向こうに消えて行きました。

「今の…かさ…なんで!?」
ワカバちゃんは、パブロボーイが、傘や雨合羽らしいものを一切身に着けていなかった事に気づきました。

「いつのまにか…」
「え…」
「雨が…止んでいます」
スイーパーさんは片手の平を傘の外に一度出してから、少しだけ後ろに下がって、傘をゆっくりとした仕草でたたみました。
「ほんと…止んで…ますね」
ワカバちゃんは空を見上げながらスイーパーさんの言葉をなぞりました。

電車の発車音が透き通った空気を響かせています。雨がいつ止んだのかワカバちゃんは少しも気がつきませんでした。スイーパーさんはどうだったのでしょうか?その答えは彼の心の中にのみ存在していて、残念ながら知る事はできません。

「ワカバちゃん…行こうか」
スイーパーさんは、肩越しに振り返りました。
「はいっ、スイーパーさんっ…!」
ワカバちゃんは、いつも慣れ親しんでいる位置まで駆け寄ると、スイーパーさんの隣に並んで歩き始めました。この距離が近いのか遠いのかワカバちゃんにはわかりませんでした。

  ほんのちょっと…近くなったみたい…

ワカバちゃんは、心がふわっと温かくなるようなそんな気持ちがして、そうっと笑みを浮かべました。

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天使があまりにも大天使だった為、つい書いてしまったもの.09(END)
※緑チームシリーズ(作:NANA様)の創作キャラクター(オリイカ)をお借りした三次創作になります
※舞台設定や世界観は原作とは異なるものです(Twitterの天使パロ発端)
※原作の台詞を一部オマージュ(借用・参考・小説の内容に合わせて改編)しています


※1004(天使の日)から書き続けましたが、今回で完結です。ありがとうございます!
 (一番最後にお礼の言葉とあとがきを記しました)
※スイーパーさん×ワカバちゃん 大好きです。これからも応援していきたいです〜!




モンガラキャンプ場を覆っていた黒い雲がノロノロと去り、やがて青空が戻ってきました。鳥の声は最初は恐る恐る、次第に数と大きさを増し、しまいにはこれまでの沈黙を取り返すかように騒ぎ出しました。この場で何が起こったのか?残念ながら下界の者(筆者)にそれを詳しく表現する術はありません。ただ今は「三本目の裁きの矢がつがれ、そして放たれた」という事実のみ記する事にいたします。

「スイーパーさぁんっ!!」
ワカバちゃんは声を限りにして、アスレチック広場の通路を駆け抜けました。上下左右に視線をめぐらせ、また体の向きを回転させて、たった一人の姿を必死に探します。
「あっ!……うぅっ!」
彼女は通路の段差に足を取られてその場に勢いよく転びました。けれど涙を拭く間を惜しんで立ち上がり再び走り出します。上空から探せばもっと速く見つけられる筈ですが、彼女の未熟な羽ではそれを叶える事ができません。この時ほど、飛べない自分を責めた事はありませんでした。

「あっ!」
柱の側面に見覚えのある色が引っかかっています。飛びつくようにして手に取るとそれは紫青のネクタイでした。その下半分がボロボロと焦げ落ちます。
「…っ!」
ワカバちゃんの顔に恐怖と絶望が走りました。けれど彼女は首を左右に激しく振って再び走り出します。彼女はL字通路を曲がった途端、弾かれたように足を止めました。通路の奥に人影が見えます。



スイーパーさんは、呆然とその場に座り込んでいました。傍らの床ではジェットスイーパーがその銃身を伸ばしています。「三本目の裁きの矢」に如何(イカ)にして臨んだ(のぞんだ)か、彼自身、正確に思い出す事はできませんでした。けれど、これまで培ってきた感覚や経験そして感情が、天の采配を超えたという事だけは確かです。すべてが終わった安堵感、生きているという実感が血の中にめぐってきました。伴い体が今になって震えてきました。正直怖かった…。それが今の飾らない感想でした。無理もありません。自分の命を秤にかけて恐れを感じない人がいるでしょうか?

「スイーパーさんっ!」
その声は、彼の中にくすぶりかけていた戸惑いや憂いや疲労感、それらを一瞬で溶かすものでした。こちらに向かって駆け寄って来る小さな人影、間違いようもありません。
「ワカバちゃん!」
スイーパーさんの心に喜びが満ちました。そこには思わず泣きたくなるような切ない愛しさが混じっていました。

「スイーパーさん…!スイーパーさんッッ!」
ワカバちゃんは、瞳をにじませる涙もそのままに、スイーパーさんに向かって一直線に走りました。
「私のせいでこんなことに…!!」
彼女のこの瞬間のたったひとつの願いは、スイーパーさんを抱きしめてあげたいという事でした。相手の体を包み込むには、彼女の体も腕の長さも翼も小さくまた身長差もありましたが、彼女の胸には、傷ついた者を癒すような、強張った腕を撫でるような、寒さに身を寄せ合うような、慈愛の情が満ちていました。

天使のつま先が、あと一歩でスイーパーさんに届くという、その時でした。
「よけろっ!二人ともっ!!」
ひとつの叫びがキャンプ場の空気を裂きました。それはボールドさんの声でしたが、それと確認する余裕はありませんでした。上空を見上げた二人は、同時に息を飲みました。
「えっ!?」
「ばかなっ…!」
スイーパーさんは、一直線にこちらに向かって来る光に目を見開きました。
「まさか、四本目!?」

「ダメっ!」
ワカバちゃんは身をくるりと反転させると、光の軌道線に飛び込みました。スイーパーさんを背に、腕と手と足と羽を精一杯伸ばして、光の矢に向かい合います。
「ワカバちゃんっ!」
スイーパーさんは、彼女の腰を後ろから引くと、そのままその頭と肩を自分の腕の中に抱き込みました。




「こんな…、こんなバカな事が…!」
ボールドさんは、ワナワナと肩を震わせました。
「裁きの矢は全部で三本だったはず!…あ、ありえんっ!」
「うあぁぁぁ〜!」
「うおぉぉぉ〜!」
双子が、その後ろで訳もわからず大声を上げています。再び戻ってきた鳥たちの声がそれに連なりました。パプロさんは、ふうっと息をつきました。
「見えたかしら?あの二人、最後にお互いをかばったわ…」
「だからどうした!」
ボールドさんは、ギリと歯を食いしばります。
「クソッ、天の掟はやはり絶対なのか…」
「ええ…」
パプロさんは羽を大きく広げました。
「私たちの役目は終わったわ。天に帰るべき天使は、もうこの地上にはいない…」
「……ッ!」
ボールドさんは、答えるかわりに地面を蹴りました。パプロさんは、天に向かって静かに神器をかかげます。
「天の掟は絶対よ。裁きの矢は三本。……そして四本目は、裁きではないのよ…」



「…ちゃん……ワカバちゃん…」
誰かが呼んでいます。ワカバちゃんはふっと目を開けました。見上げるとすぐ側に見つめてくる顔があります。
「………?」
ワカバちゃんはしばらくの間、スイーパーさんの顔をぼんやりと見つめ返していました。片膝立ちのスイーパーさんに、肩を抱かれて支えられているようです。あれ…また雲から落ちちゃったのかな?ぼうっとする頭でそう思いました。なぜなら、天から落ちて一番最初に目を開けた時とまるで同じだったからです。

「おんなじ……あっ!」
ワカバちゃんは、時間が巻き戻った訳でも、また天から落ちた訳でも無い現実に気が付きました。スイーパーさんの肩越しに、黄色い粒のような物体が空中を漂い流れています。
「スイーパーさん…これ…は?」
黄色の正体は、よくよく見ると光の粒子でした。上半身を起こそうと身じろぎするワカバちゃんの腰を、スイーパーさんの腕が支えます。二人のまわりを、光の粒子が真円の形になって取り囲んでいました。
「…これ…は?」
ワカバちゃんは再び問いました。けれどスイーパーさんは微笑んでいるような口の端を噛みしめているような、どっちつかずの不思議な表情を浮かべているだけでした。ややあって彼は囁くような声で答えました。
「これは、ワカバリアだよ…」
それきり彼は黙り込み、ただ見つめ続けています。
「…?」
ワカバちゃんは、スイーパーさんの視線をたどりました。

「ふあっ!?」
天使は自分の肩越しにそれを見ました。背中の二つの羽が真っ白な光に包まれています。それはまるで燃えているかような強い光でした。光の粒子がそこから煙状に立ちのぼり、ワカバリアに吸い込まれていきます。
「あっ!!」
慌てて自分の頭の上に手をやると、そこには、日光に手をかざした時のような温かい感触がありました。けれどその感触がみるみる薄れていきます。彼女は声もなく、自分の身に起こっている異変を受け止めていました。

「最後に飛んできたあの光。それが当たって…こうなったんだ…」
スイーパーさんは、そっと息をつくようにワカバちゃんに話しました。ワカバちゃんの頭の上の「天使の輪」と「二つの羽」は、最後に蛍が飛ぶような線を空中に描いて、モンガラキャンプ場の空気の中に消えていきました。同時にワカバリアもキュゥゥンというどこか寂しげな音を上げて消えました。天使は、いえもう天使ではないひとりの女の子は天空を見上げました。胸一杯に湧き起こる感情は、ひとつの言葉で表現するには難しいものでした。

「悲しい?」
そう問いかけてきたスイーパーさんのほうが、どこか悲しそうな顔をしていました。
「はい…悲しいです…」
ワカバちゃんは、コックリと頷きました。彼女は地上を心から愛していましたが、だからと言って天界を拒絶している訳ではありません。心は、もう二度とは帰れない場所と、二度と会えない人たちを巡ります。
「でもっこれでここに…ずっと地上にいられます……」
自分を励ます為に言ったその言葉は、声に出してみるとブルブルと震えていました。

「嬉しい?」
スイーパーさんは、ワカバちゃんを変わらず見つめながら問いました。ワカバちゃんは、コックリと頷きました。
「はい…嬉しいです…。でも…でもっ!」
スイーパーさんの青い眼があまりにも静かで優しくて、ワカバちゃんはそれ以上続ける事ができませんでした。言葉のかわりに、大きな瞳から涙がポロポロこぼれ落ちます。
「ふっ……スイーパーさ…ん…!」
これまでずっと抑えてきた色々な思いが、涙になってどっとあふれ出します。それは彼女の想いの深さの分だけ後から後からこみ上げてきました。ワカバちゃんは、スイーパーさんの腕の中に泣き崩れました。

「ワカバちゃん…」
スイーパーさんは、震える小さな肩を両手で抱きしめました。それは、リビングで最初にそうしたように、そう出会ったあの日と同じように、しっとり柔らかく優しい温かさで腕の中にすっぽりと収まるものでしたが、今は、それ以上のものがそこにありました。

ああ…そうか…僕はこの子の事がこんなにも大切だったんだ。スイーパーさんの心に、今まで経験した事がない感覚が満ちました。それは、彼がこれまで無意識に見ようとしてこなかったもの、存在すら知らずにいた未知の領域でした。立ち並ぶ木々の間からそっと顔を出した若葉のように、とても小さな存在でしたが、その若葉は、射し込む日の光のような暖かい色に塗られていました。



泣き止んだワカバちゃんが一番最初にやった事は、真っ赤になってうつむく事でした。思わずスイーパーさんに抱きついてしまいましたが、あんなにもギュッと抱きしめ返されるとは思いもよらずただ驚き戸惑うばかりです。
「あ…あの…」
通路の丸太の上に「のの字」のような物体を描いてみましたが、それではとても誤魔化せません。ワカバちゃんは、慌てて何か気を紛らすものを探しましたが、幸運にもそれは上空にありました。
「あっ!スイーパーさん見て下さい!」
ワカバちゃんは、指先をまっすぐに空に向けました。

青色とオレンジ色のグラデーションが、モンガラキャンプ場の空を塗り分けています。その中を天に向かって昇っていく四つの光がありました。ひとつは曲線を描き、またひとつは脇目もふらずにまっすぐに、そして残り二つはクロスの線を描いて少しふざけているようです。
「きっと、神さまたちですね!」
ワカバちゃんは、それに向かって無邪気に手を振りました。

「天に帰るのか…」
スイーパーさんは、四つの光を視線で追いました。
「どうもありがとう、ボールド!」
彼は、まっすぐに進む光に向かって心を込めました。ボールドさんの協力(ビーコンと助言)は、影からの力強い支えになってくれました。
「それから双子も…ありがとう…」
少しためらいがちに付け加えます。水落ちのトラウマは残念ながら依然として払拭(ふっしょく)されていません。
「パブロさん、ありがとうございました!」
ワカバちゃんは天空に向かって両手を振りました。と、曲線がくるくると動きひとつの形を作りました。
「わぁ!」
空に書かれたハートマークの軌跡が、明るい歓声を導きました。やがて、四つの光は空の青い陣地を塗りつぶしてきたオレンジ色の中に消えていきました。



「僕らも、そろそろ帰ろうか…」
スイーパーさんは、野外の空気が冷たくなってきた事に気づいて立ち上がりました。両腕を伸ばしてワカバちゃんの両手を掴み、自分の横に引き立たせます。
「ここ…モンガラキャンプ場ですよね…。あ…あの、どうやって帰ります?」
「ボールドが、つまり神さまのひとりが、うちのリビングにビーコンを置いたのを見たから、そこに飛べば今すぐにでも戻れるよ」
スイーパーさんはそう言ってから、少しためらいがちに付け加えました。
「でも……」
「でも?」
ワカバちゃんはコックリと首を傾げ(かしげ)ました。スイーパーさんはワカバちゃんの大きな瞳を覗き込みました。
「ワカバちゃん、もう少し…歩いて帰ろうか?」

ワカバちゃんは、スイーパーさんの手がまだ自分の片手を握っている事にハッと息を飲みました。彼女はスイーパーさんの顔を見て、それから結ばれている手と手を見ました。射し込んできた夕日のように、その顔が耳までポッと赤く染まります。もう一度、恥ずかしそうにうつむき、そしてゆっくり顔を上げた時、そこには天使のように愛らしい微笑みが浮かんでいました。
「はいっ…スイーパーさん!」

夕日の光はどこか不思議な色を帯びています。その優しく淡い光が、額を寄せるようにして笑う二人の横顔を静かに照らしていました。

◇HAPPY END.


◆◇◇お礼とあとがき◇◇◆

この後、めっちゃお手てつないで帰った。ここまで読んで頂きありがとうございます!(文章の良し悪しはさておき)一連に目を通して下さった事に感謝いたします。Ver.1は緑チームのワカバちゃんの天使絵姿があまりにも可愛くて愛しくて、ついつい単品のつもりで書いてしまったものなのですが、原作者さま(NANAさま)から「どうでしょう、続きを書くおつもりは?」という泣くほどにありがたいツイートを頂き、おチョーシ者メーターをフルスロットルして書き続けてしまったものが今作になります。

「天から地上のイカのところに落ちてきた天使ちゃん」※ただしイケイカ(イケメン)に限る という原作とは異なる特殊世界特殊設定でしたが、個人的には原作本編のイメージを崩さないように努力したつもりです。とはいえそもそも三次創作というもの自体が、原作者さまの幾重にも連なる深い思いをミルフィーユ(ケーキ)に例えるとその一番上の表面(シロップの薄い層)をそっとすくってみた状態に過ぎず、至らない部分が多々あった事と推測されます。その点改めて平にお詫びいたします。

筆者としてはとても幸せいっぱいに全編ワクワクして書かせて頂きました。スイーパーさんもワカバちゃんも、個人でもカップルでも本当に魅力的で可愛くて大好きです。緑チームシリーズ、心から応援しています。NANAさまの数々の温情寛容と、閲覧して下さったみなさまに改めて感謝いたします。本当にあがとうございました!

◇LAND
07:00 | イカ尽くし | comments(0) | - | author : LAND